ロックンロールとエトセトラ  
 

10月 ブルーライト
Blue Light/ Bloc Party

 
   
 #1 ロックンロールスターへの旅 ミカコ
 

 金曜日の夜。あたしは仕事から帰るとすぐにシャワーを浴びてベッドに入る。 たいてい疲れていてあっという間に寝てしまう。
 土曜日はランチタイムが休みでクラブイベントだけだから、出勤は夜の9時半でいい。
 まず朝の9時頃起きると、シャワーを浴びて普段よりもきちんとした朝御飯を作って食べる。ももちゃんとチコと、それから時々ジェイミーの分も作ってラップをかけておく。
 それから裏庭のベンチにクロッキー帳とペンを持って出る。最近は寒くなってきたから、ブランケットを持って行くこともある。
 ベンチに座ってその週に書き留めておいた単語や詞の切れ端つなぎ合わせていく。
 それを何度も読んでみる。そしたらなんとなくメロディがついてくる。
 ぴったりハマった時にはコレだって分かる。だけど、その時どんなにいいと思っていても忘れてしまうこともある。忘れてしまったメロディは、どうしても諦めが付かない。
 だから、あたしは同じメロディを繰り返し唱えながら、急いで地下室に降りると録音機械のMTRに吹き込む。1度完璧な楽譜を書こうとしてみたけど時間がかかっただけだった。
 だから、自分だけが分かる暗号化された楽譜を作ることにしている。
 だけど音は少し上に響いてしまうから、仕事前のふたりを起こしてしまわないよう、ごく小さな声でマイクを通 して囁く程度だけど。

 充実感を味わいながらテレビでニュースとかバラエティを見ていると、ふたりが起きてくる。ふたりが仕事に行く準備を始めると、あたしは地下室に戻ってさっきのメロディにベースを載せて行く。
 お腹が空いてキッチンに戻ると、いつももうお昼になっている。
 それからハッとして急いで服を着替えて化粧をして、そして、彼を待つ。
 水曜日にはドロシアが来て、土曜日にはアンディが来る。
 いつからか、そんな幸せな習慣が出来ていた。
 今日も同じように準備してベンチに出た。まだももちゃんとチコは眠っている。
 風が日に日に冷たくなって来ていて、ひたひたと冬が近付いて来ているのが分かる。
 あたしはパーカーのフードを被ってベンチで空想に耽っていた。最近、ひとつの考えに取り憑かれている。
 アンディがくれたデクスター氏の本をあたしは夢中になって読んだ。それは、まるであたしの為に書かれた本みたいだった。

 マイティ・ミーは遥か彼方、ロックンロールスターへ旅をする。ミーは幼い頃からその星に憧れていた。ロックンロールスターには偉大な戦士や英雄がたくさんいて、彼らはミーの憧れだった。
 ミーの惑星とロックンロールスターは友好条約が結ばれていて、ミーの星では、彼らはまるでアイドルのように扱われていた。
 ミーは貧乏だったから、最新式の宇宙船なんて買えなくて、一生懸命働いて溜めたお金でなんとか買えた小さなロケットに乗り込んだ。みんながあんな遠い星まで行くのは無理だと止めたけど、彼女は聞かなかった。
 そして、途中何度もトラブルに合ったけど、なんとか3年もかけてロックンロールスターへ辿り着いた。
 だけど、彼女を待っていたのは、想像していたような綺麗な惑星じゃなくって、抗争でぼろぼろになった街だった。その街で彼女はイギー・ロックとモッシュ・ベラミーというふたりのレジスタンスの女の子と出会って、一緒に音楽を貫く為に活動する。その星では音楽は俗物で罪とされていた。それに対する反発で始まった抗争だった。
 最後には、彼女は壊れた宇宙船の部品を使ってとてつもないサウンドシステムを完成させた。
 そしてイギーとモッシュと一緒に、まるでミルレインボウみたいにバンドを組んで、世界に轟く音を響かせる。そして奇跡が起きて、政府の頭の固い大人達もその素晴らしさに気付く。

 っていうような話だった。いつもみたいになにもかも細かく現実みたいに描写 されていて、面白くって感動して、とにかく最高だった。あたしは完全にその世界に引き込まれて、続けて3回も読んんでしまった。
 もしかして、アンディがその編集者の友達にあたしたちの話をして、それでデクスター氏がなにか参考にして書いたんじゃないかと思った。
 そのことをももちゃんとチコに話したけど、それはありえないって大笑いされた。
  そりゃ、普通に考えたらそうだけど。だって主人公はミとモとイで始まる名前だし……そう言ったら、なんであたしがイギーなのよってチコが怒って思わずももちゃんと大爆笑してしまった。  だけど、なんか気になってしょうがない。

「ミカコ」
 ぼーっと見上げていた空から目を移すと、柵の向こうに男の人が立っていた。
 2、3秒見つめていても、誰だか分からなかった。
「え、あ、あアンディ」
 一気に心臓が飛び跳ねて落ち着かない気持ちになる。アンディはそっちに行っていい? っていうジェスチャーをしている。あたしは激しく頷いた。
 そしたら、アンディは軽やかに木の冊を飛び越えてあっという間にあたしのそばに来た。  そんな身軽な動きをするアンディは初めて見た。それに、髪の毛の短いアンディも初めて見た。
「おはよう。寒くない?」
「……あ、おはよ。そうだ、ブランケット持って来ようと思って忘れてたんだった。座ったら?」
「ありがと」
 アンディが隣に座る。
 近くに来た彼を見ても、見間違ってしまいそうになるくらい、さっぱりすっきりアンディは髪を切っていた。前髪がすごく短くて、頭のてっぺんが寝ぐせみたいに立っていた。まるでグレアムコクソンか、ジャムの頃のポールウェラーみたいだった。ものすごくあたし好みの髪型だった。
 またあたしの胸がキュンキュン鳴る。
 フードを被ったままだったのを思い出したけど、半乾きの髪のまま被っていたから、きっと髪がぺしゃんこだと思って脱げなかった。
「ハッ」
 思わず息を呑んだ。下を向いたらもっと変なことに気付いた。あたしはビーチサンダルにレッグウォーマーをして、また1ポンドの半ズボンにだるだるにのびたGAPのパーカーを着ていた。寒くない? ってアンディが聞くのも無理はなかった。
 ありえない。こんな変な格好でアンディと会うなんて。さらに化粧もしてないし。
 ……本気でヘコんで来た。
 その上、こんな日に限って、髪を切ったアンディは物凄くかっこよかった。今までのアンディはあたしにとってはかっこよくても、きっと世間ではそうじゃなかった。だけど、今の彼は、明らかに世間でもかっこいいって言われるだろう。
「ミカコ、ごめんこんな朝早く。迷惑だったよな」
「や、いや、迷惑じゃないよ。どうしたの? なんかあった?てか、髪切ったの?」
 あたしは動揺して、いつもよりもっと早口で、もっと発音もめちゃくちゃだった。
「そうなんだ……ちょっとお固い集まりに出ないといけないんで。祖母が切れってうるさいからさ……変かな。ずっとあった物が急になくなると違和感があるよ」
 アンディはちょっと笑ったけど、あたしは首をぶんぶん振った。
「変じゃない変じゃないよ、いや、すごいかっこいい」
 って、言った後に後悔した。
「……そう。ありがとう」
 だけど、アンディはいつもみたいに皮肉で返したりしなかった。なんだか本当に嬉しそうに見えて、びっくりした。

 
 

9月#10#2

 
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