「じゃあ行こうか」
ドアをあけると、アンディが微笑んでそう言った。
アンディは黒い細身のスーツに身を包んでいて、かっこよくて思わず息を飲んでしまった。外にタクシーが停まっている。
「じゃあ、また」
アンディはももちゃんにそう言うと、あたしを外へ促した。
ジェイミーがももちゃんを迎えに来た時みたいな、ワーオ、はなし。
あたしが選んだのが黒い方でよかったのかも、分からない。あたしは不安になって思わずももちゃんを振り返った。
ももちゃんは満面の笑みで頷いていた。
「変じゃない?」
「変じゃないって、かわいいよっ」
っていう会話をさっきまで延々と続けていた。
あたしの電話を受けてももちゃんはすぐに帰って来てくれると、あたしを急かしてどんどん準備を進めてくれた。
2着共着てみて、結局黒い方を選んだ。ホルターネックで背中が大きく開いているし、丈もミニでちょっと抵抗があったけど、ももちゃんの見解はこうだった。
「いい? どっちも似合ってるけど、どうせならより特別な方を着るべきだよ。こっちの方がセクシーだし、いつものミミコと雰囲気違うもん。絶対こっちの方がいいよっ」
ももちゃんはた楽しそうにあたしをカメラで撮ったり、ヘアメイクさんみたいに何度もあたしの顔や髪ををチェックしてくれた。その度にあたしは『変じゃない?』って聞かずにはいられなかった。
アンディは当たり前のようにタクシーのドアをあけてくれる。それに、あたしが座る時にもちゃんと手を差し出してくれて、ドアも閉めてくれた。その度にあたしはどきどきしてぎこちない笑みを浮かべたけど、アンディは涼しい顔をしていた。
タクシーの中で、あたしは緊張してほとんど何も話せなかった。そんなの変だって分かってる。アンディとは仲良しで、たぶんそれは独りよがりじゃなくって。今更話題を探して話すような関係じゃないはずなのに。
だけど、アンディもほとんど口を開かない。
やっぱり、あたしたちの間に何か起きてしまった。
あの日のキスも、昨日のあたしの告白も、それがいいことだったのかどうか、今のあたしにはまだ分からない。
タクシーが着いたのは通りに面したレストランの前だった。名前も聞いたことがあった。エルとかヴォーグとかで見た事があったけど、あたしとは無縁のレストランだった。
あたしは一瞬でそこでのディナーとか、その後アンディが僕の部屋においでよ。とか言う所を想像して一人でどきどきした。
タクシーから降りると、アンディはあたしの背中を押して通りに促した。
それだけで、全身が心臓になったみたいにどきっとした。アンディの手があたしの素肌に触れている……ちらっとアンディの横顔を盗み見てみたけど、やっぱりアンディは涼しい顔をしていた。
店に近付いて行くと、中にどんどん人が入って行くのが見えた。みんなドレスアップしている。
「パーティーなの?」
「うん。そうだよ……緊張してる?」
アンディは左の眉を上げて聞く。
「うん。こういうの、初めてだから」
それは嘘じゃなかったけど、緊張しているのは、そんなことが理由じゃなかった。
「大丈夫。堅いパーティーじゃないから」
アンディはそう言って微笑む。
ドアに近付くと2人のドアマンが、アンディに会釈してドアを開けてくれた。
中に入ると、みんながこっちに注目していた。やっぱり、あたし変? 場違い?
そうアンディに聞こうかと思った時、人を掻き分けて走ってくる人が見えた。
「よおっ、ディー」
「ビリー」
アンディとビリーは、よくドラマで見かけるお互いの手をパチパチ叩き合ってからする男同士の握手を笑顔で交わした。
ビリーはアンディと同じくらい背が高くて、短く刈り込んだ頭には何本か横線が入っている。それに、首には黒で幾何学模様の入れ墨が入っている。
そして、アンディが着ているような黒のかっこいいスーツに、どうしてかサイバーちっくなイアホン付きの、グレーの片目サングラスをしていた。
それって、本物? ちゃんと何かの役割を果たしているのかな? とか、アンディにはこういう友達がいるのか、意外だな。とか思いながらじっとビリーを見ていると、彼と目が合った。
「アッ!」
彼はあたしを見て大きな声を出した。
周りの人が一斉にこっちを見て、あたしはびくっとした。
「なあディー、も、しかして?」
「ああ」
アンディはにこやかに頷く。
何?
「ミカコッ? ワオッ初めまして、俺ディーのマネージメントしてる、ビリー・ハスラーです」
ビリーはあたしの手をしっかり握って握手してくれる。
「あたしのこと、知ってるの?」
「ああ、もっちろん知ってるっていうか、」
ビリーはアンディをちらっと見る。
「なあビリー、忙しいんじゃないのか」
「あ、おお、そうだった」
アンディがそう言って、ビリーは仕事へ戻って行った。
「ねえ、アンディ。なんでビリーはあたしのこと知ってるの?」
「あ?……ああ、ほら話しただろ? 友達が出版社に勤めてる、って」
「うん……それであのサインがもらえたんだよね、アッ、じゃあビリーがもらってくれたの? ああもうっ、さっき言ってくれればお礼言えたのに」
「また後で話せばいいよ」
アンディはそう言って笑う。
「あっ、そうだ。忘れてた」
アンディはそう言ってジャケットのポケットから何か出した。
「今日は普通じゃだめらしいからさ。コレつけて」
アンディが出したのは、さっきビリーが付けていたのの色違いのピンクの片目サングラスだった。何かに似てる……そうだ、ドラゴンボールでサイア人が付けてたのに似てる。
そう言いたかったけど、きっとアンディには通じないだろうと思って、飲み込んだ。
よく見てみると、パーティーに来ている人みんなが、ドレスアップしてるのに何かSFっぽい物を身に付けていた。
「こう?」
クリップ式のヘッドホンみたいになっている部分を耳にかけると、左目の前にピンクのシールドが来た。否応なしにあたしのテンションは上がって行く。
「気に入った?」
そのあたしに気付いたのか、アンディは目を細めて微笑んだ。
「うんうんっ、ありがとう」
そう言ってアンディを見上げると、アンディもビリーが付けていたのと同じグレーのを付けていた。めがねを外して。
あたしはそのかっこよさに一瞬見とれてしまった。
「アン、ディ。めがね外して見えるの?」
「ん。まあ一応ぼやっとは」
「大丈夫なの?」
「……なんとか。大丈夫。ミカコに捕まってるから」
そう言ってアンディはあたしの手首を掴んで笑った。
一気に顔が熱くなる。
発火するボッていう音が聞こえたような気がした。
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