ロックンロールとエトセトラ  
 

10月 ブルーライト
Blue Light/ Bloc Party

 
   
  #11 ジェットセットコミュニケーター ミカコ
 

「なあコレ、ジェットセットコミュニケーターって言うんだよ。聞き覚え、ない?」
 ジェットセット……あッ
「知ってるよッ! うそ、ほんとにッ?」
 あたしが知らないはずがない。それはデクスター氏の小説『惑星モジェイコの秘宝』で主人公と仲間が連絡を取り合う為に使っていた物だし、それにこのピンクは、その話の中であたしが一番好きなキーランっていうキャラクターが付けていた物だった。
「うん。なあ、まだ気が付かない?」
 アンディが店の奥の方へ目配せした。そこを見てみると、 『A・J・デクスター氏英国ロイヤル文学賞受賞祝賀パーティー』 って書いてあった。
  あたしはびっくりして勢い良くアンディを見上げた。
「気に入った?」
 アンディは微笑む。
 あたしは興奮して何も答えられずに、ただ頷いた。
「ミカコ」
 あたしの手首を掴むアンディの手に少し力が込められた。
「どうしたの?」
 アンディが急に真剣な顔をするから、なんだか不安になった。
「本当は昨日話したかったんだけど……なんだかタイミング逃して」
 どくん、っと心臓が音をたてる。
「ごめん、あたしが寝ちゃったんだよね」
「そうだ、そうだよ。だから、僕はこんな一大決心をするハメになったんだ……覚悟しててよ」
 アンディは低い声で脅しとも取れることを言った後で、笑った。
「え、なに? なにそれ、気になる」
「すぐにわかるよ」
「ディー、そろそろ」
 少し離れた所からビリーが手招きしていた。
「じゃあ。行こうか」
 アンディはあたしの手首を握っていた手を外すと、あたしの手を握って歩き出した。  うそ、あたしアンディと手をつないで歩いてる。
 その途中、何人もの人がアンディに声を掛けて、アンディは立ち止まったけど、あたしはもう夢見心地で、周りがピンク色にしか見えなかった。
 人込みを抜けて前の方に辿り着くと、小さな舞台が見えた。アンディが立ち止まる。
 すぐに照明が暗くなって、そこへビリーが出て来た。
「今日はお集まり頂いてありがとうございます。では、早速。我らがヒーロー、アンドリュー・ジェラルド・デクスター!」
 ビリーがそう言うと、会場は大きな拍手と歓声でうめ尽くされた。
「じゃあ、ちゃんと聞いてて」
 アンディはそうあたしの耳もとで囁くと、手をするっと解いて舞台に上がった。
 あたしは意味が分からなくて、ただじっと見つめていた。
 そしてアンディが、ううん、デクスター氏が、スピーチを始めた。
「みなさん、今日はどうもありがとう。このパーティーは、今まで僕を支えてくれたみなさんの為のパーティーです。僕らは何もない所からスタートしました。僕をビルにさえ入れてくれなかった沢山の大手出版社や、原稿を読まずに目の前で突き返した有名編集者に、今は感謝したい気持ちです。その時の悔しさがあったからこそ、ここまで頑張ってこれました」
 そう言ってアンディは近くにいたビリーと頷き合う。
「もちろん。この賞を取ったのは僕の才能ですが」
 アンディが片方の眉をつり上げてそう言うと、みんなが笑った。
「僕の本を書店に置ける様プロモーションしてくれたり、書き上がらない原稿を気長に待ってくれたみなさんのおかげでもあります。僕は賞なんてどうでもいい、だなんて言いません。嬉しいです。だから、ほんとうに、ありがとう。それからビリー、ジェシー、ほんとにいつもありがと」
 また大きな拍手が起こって、みんながそれぞれに何か叫んでいた。
 だけど、あたしはまだショックで固まっていた。
「それから、僕にはもう1人感謝したい人がいます。彼女は僕の想像を掻き立てて、書くことへの情熱を高めてくれる、僕のミューズです」
 そう言いながら、アンディは真直ぐにあたしの方を見ていた。
「今回の受賞作で、僕は彼女からたくさんの影響を受けながら、創作にかかりました。そして、今までで最高の作品に仕上がったと思っています。本当は、こんな個人的な事は、昨日のうちに話しておこうと思ったんだけど、彼女が居眠りして聞いてくれなかったから。こんな所で話す事になってしまいました」
 また会場が笑いに包まれた。
「それでは、僕のスピーチはこれで終わります。みなさん、楽しんで」
 あたしは、まだあっけにとられて立ち尽くしていた。

「ミカコ? 大丈夫」
 気付くと、目の前に、アンディが、いや、デクスタ氏ーが立っていた。
「いや、あ、うん。あんまり大丈夫じゃないかも」
「え、ほんとに?」
 アンディがあたしに何か言おうとした時、人がたくさんアンディを取り囲んで、口々にお祝いを述べ始めた。アンディは困った顔をしていたけど、邪険にもできずに、それぞれにお礼を言う。
 あたしは少し冷静になりたくて、その輪から外れると、宇宙服に身を包んだウェイターからシャンパンをもらって壁にもたれた。
 ……ちょっと整理しよう。
 アンディが、デクスターなの?
 あたしはデクスターの大ファンで、そのデクスターが実はアンディで、アンディのことをあたしは大好きで、大好きな人ふたりが実は同一人物だった、ってこと?
 そんな、都合良すぎない?…すごい……ほんとにすごい。
 ものすごく嬉しい事だよ。アンディが隠してた秘密が、もっと悲惨な物とかじゃなくって、あたしにとって嬉しい事だったなんて。
 どうしてアンディが今まで隠してたのかは分からないけど……でも、これって、喜んでいいことだよね?
 こんな奇跡あり得ないよ。
 何人もの人に次々と捕まって、一向に身動きの取れないアンディを見ていた。
 ときどき、アンディがこっちを見る。きっと気にしてくれているんだろう。
 だけど、ミューズだなんて言われて気恥ずかして。目が合いそうになると、おもわず視線を泳がせた。

 
 

#10#12

 
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