ロックンロールとエトセトラ  
 

10月 ブルーライト
Blue Light/ Bloc Party

 
   
  #12 ディー ミカコ
 

「ミカコ? びっくりした?」
 声がして、隣に立っていたのは、ビリーだった。
「うん、ものすごくびっくりしたよ」
「だろうね」
 ビリーは、眉とか鼻にピアスをしていてちょっと怖い見た目だけど、すごく優しい目をしていた。
「俺さ、ディーとはあいつがここを離れる前からの友達でさ。お互い一番ヒドかった時期を知ってるんだ。その頃の事、聞いてるかな?」
「うん。ドロシアから前に少し聞いた」
「そう。それで、俺らはギャングになりたくてさ。今考えたらあり得ないんだけど。でも、その時は本気でそう思っててさ。仲間5人で血の誓いたてて、世界は腐ってる、とか叫んでさ。なのに、ディーが突然街を出て。俺達はあいつを腰抜けの裏切り者だって思ってた。あいつがいなくなった後、俺達は落ちるとこまで落ちて。俺はただのロクデナシになって、トムはオーバードースで逝っちまって。ジャスティンだけは最後までギャングになるって言い張って、もう今は連絡が付かない。あと1人があそこにいる髪の長いジェシー。今は広報担当してるよ」
 そう指差されたジェシーが視線に気付いて、手を振りながら笑顔でこっちに歩いて来た。
「よお。君がミカコか。ずっと会ってみたかったんだ」
 そう言ってヒゲもじゃの顔のジェシーは笑った。
「初めまして」
「今さ、俺らのこと話してたんだ」
「へえ、どこまで行った?」
 ジェシーは笑いながら聞く。
「これからディーが帰ってくるとこ」
「そう、じゃあ俺が話す。俺らさ、ずっとディーのこと嫌いだったんだ。誓い破って消えちまったんだからよ。でさ、何年もたってから突然連絡して来てさ。一緒になにかやらないか? とか言うんだよ。俺もビリーも、失業保険で暮らしながら、毎日毎日ハッパ吸って腐ってたのにさ。俺たちになにか出来る力なんてある訳ねえって思ったし。それに会ってみたらあいつ僕、とか言ってるしさ。バカじゃねえの、って思って、全く相手にしなかったんだ」
 ジェシーはポニーテールの髪を揺らしながら、けらけら笑う。見た目通りの大らかそうな人だと思った。
 代わってビリーが話しだす。
「そうそう。でもさ、あいつがしつこく家に来てさ、で、ある日分厚い紙の束を持って来てさ。読めって言うんだ。で、しょうがなく読んだら面 白かったんだよな。すごく。ほんとは適当に初めの方だけ見て読んだって言おうと思ったんだ。だけど、ほんとに面 白かったんだよ。一気に最後まで読んだよ。思い出してみれば、俺達別に学校ではバカじゃなかったんだ。成績だって悪くなかった。だから、ディーが書いた小説も、ちゃんと意味分かったし、それがすごいって事も分かったんだ」
「そう、で、あいつに説得されて。気付いたらこんなことになってたんだよ」
「もしさ、ディーが戻ってこなかったらさ。俺たち多分、今家とかないよな」
「ああ、それは絶対だね。っていうか生きてたかどうかも」
「だよな」
 そう言ってふたりは笑った。多分冗談じゃないから、あたしは苦笑いした。
「そうだ、あれ、君の本、気に入った?」
 ふいにジェシーが言って何のことなのか一瞬分からなかった。
「マイティーミーロックンロールスターへの旅、だよ」
「あッ、そっか……アンディがデクスターなんだから、だから……あれってやっぱりあたしのこと?」
「そうだよっ、今分かったんだ?」
 ビリーは大笑いで言う 。
「そっか、そうなんだっ……だって、なんか気になるとは思ったけど、でも、まさか彼があたしのこと知ってる訳なんてないって思ったし」
「けど、これはさすがにバレるだろ、って俺らは言ってたんだよ。ま、俺たちとしては、さっさとバレて欲しかったからさ、協力したんだ」
「そうだよ、あいつ装丁にもいつも以上にこだわるしさ」
 あたしはビリーの言った、早くバレて欲しかった、ていうのが引っ掛かった。
「……どうして?」
「だってよ。そろそろ俺たちもディーに恩返ししねえとさ。一番簡単だしさ。だって、俺たちから見れば、あいつはわざわざ自分で遠回りしてる様にしか見えねえから……だってふたりは……両思いだろ?」
 ジェシーがとんでもない事を言って、あたしは目を丸くした。
「おい。いらないこと言うなよ?」
 いつの間にかアンディが戻って来ていて、あたしは飛び上がりそうになった。
「何も言ってないよ。なあ?」
 ふたりはにこにこ、というかにやにやして一斉にあたしの方を見た。
「うん、うん」 「じゃあ。僕、そろそろ行くから。後よろしく」
 アンディはふたりに笑顔でそう言った。
「ええ? もうッ? おまえが主役だろ? もうちょっといろよ」
「いや、やっぱこういうのは苦手だよ。知らない人がいっぱいよってくるしさ。スピーチはしたんだから、役目は果 たした」
「そうかあ?……ああっ! そうかあ、ああ。そうだな」
 急にビリーが何か思い付いたように物わかりよく頷きだした。
「さ、行こうミカコ」
「え?あ、うん」
 アンディはあたしの手を引いて出口に向かって歩き出した。あたしはびっくりしながら、振り返ってビリーとジェシーに手を振った。
 2人は満面の笑みで手を振ってくれた。

 アンディはずんずん会場を横切ると、あっと言う間に外に出た。
「アンディ、そんなに急がなくても」
「え、あ、ごめん」
「ほとんど見えないって言ったくせに」
 めがねを掛けていないのに、アンディにはちゃんと見えてるみたいだった。
「ああ、あれは……掛けてなくてもだいたいは見えるよ……ただ、口実が欲しかっただけ」  少し歩いて近くのガードレールに腰掛けるとアンディは言った。
「口実?」
「そう……ミカコに触る口実が欲しかっただけだよ」
 そんなことを言われたら、また心臓がうるさく鳴りはじめる。
「早くパーティーから出たかったのも、早くミカコに触れたかったからだよ」
「……触れる?」
「そうだよ……今日のミカコは、いや、ほんとはいつも思ってるんだけど、ほんと綺麗だよ……すごくセクシーだし」
 そう言ってアンディがあたしの腕を引っ張った。アンディと目線が同じになる。
 綺麗? セクシー? あたしが?……それに、いつも、って言った?
「正直に……ミカコ、今、どう思ってる?」
 アンディはあの日みたいな悲しそうな目をして言った。
「今?……さっきは、本当にびっくりした。だけど、少しだけ考えたらすぐに分かったの。これってすごい事なんだよ?あたしの大好きな人2人が、同一人物ないよ……ただ」
「ただ?」
 アンディは不安そうに繰り返した。
「どうして今まで黙ってたの? それが分からない」
「それは……ミカコは初めからデクスターのファンだったから……だけど、僕を、デクスターのオプションなしに、見てほしかった……それで、黙ってた。すぐに、いつかは絶対に言うつもりだった。だけど、なんだか延びてしまって」
「本当に理由はそれだけ?」
「……いや、それから。ミカコがイアンの話をしただろ? それと同じように。ファンとして僕を見たり関わったりされたくなかったんだ……言ってること、分かる」
「……なんとなく」
「僕が彼みたいなスターだなんて言うつもりはないよ。だけど、ミカコとそんなつき合いはしたくなったんだ。だから……言えなかった。だけど、だんだん騙してるような気になってきて……ごめん」
「謝ることなんてないよ。アンディ……それに、あたしはものすごくラッキーなんだよ? だって、あのデクスター氏にミューズだって言われたんだよッ?」
 あたしがそう言うと、アンディは目を丸くした。あたしはその顔を見て笑った。
「もう我慢できない」
 アンディがそう言って。あたしの腕を引っ張った。
「ミカコ、ハグしていい?」
「うん……もうされてると思うんだけど、いいよ」
「そう、よかった……それから。好きだよ」
「えッ?」
 あたしはびっくりして体を離そうとしたけど、アンディの力は強くて、ビクともしなかった。それから、アンディはキスしてきた。またびっくりしてあたしはされるがままだった。
 それも、すごく深いキス。膝ががくがくして、立ってるのがやっとだった。
「ミカコ、キスしていい?」
 アンディの熱っぽい声が耳元に降り注ぐ。
「うん……もうしたような気がするんだけど」
 あたしがそう言うと、アンディも笑った。それからもう一度キスをした。
「今まで、どれだけこれを思い描いたか……何度もミカコに襲い掛かりそうになったの。気付いてた?」
「まさか。ぜんぜん、うそ、ありえない」
「ほんとだよ。今日も、早く綺麗だって言いたかったけど、一言口にしたら、一気に全部言ってしまいそうで怖かったんだ」
「怖がることなんて、なかったのに」
「そう?」
「そうだよ」
 怖かったのは、あたしの方だと思ってたのに。
 また唇を重ねた。カツカツ音が鳴って、ジェットセットコミュニケーターをまだ付けたままだって思い出した。
「ね、隠し事はそれだけ?」
「うん……全部見せるよ。うちに、デクスターの研究所に、来る?」
「部屋、見せてくれるの?」
「うん……あのさ、別に僕は友達として招待してる訳じゃないんだけど、いいのかな」
 少し考えて意味が分かった。もちろん、全く問題なんてない。
 だって、あたしたちはもう何回もデートを重ねていた。
「デクスター先生。あたし、一夜の遊びだなんて、耐えられないです」
 あたしが芝居がかってそう言うと、アンディは大笑いした。ときどきしか見れない大笑いで、思わずあたしもつられて笑った。
 アンディはすぐにタクシーを捕まえて、ハマースミスまで急ぐように言った。

 
 

#11#13

 
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