ロックンロールとエトセトラ  
 

10月 ブルーライト
Blue Light/ Bloc Party

 
   
  #15 ブルースカイ イチコ
 

「今いい?」
「おお、入れよ。なんかひさしぶりじゃね?」
 あたしを見ると、ロッシはくしゃっとした笑顔でそう言った。
「ミーは? 具合どう?」
 ロッシが訪ねる。顔は普通だけど、心の中では死ぬ程心配しているはずだ。
「うん。もう熱も下がったし、大丈夫だよ」
「そっか。よかったな」
「うん」
 あたしはロッシの顔をじっと眺めていた。
 どうすればいいんだろう。本当は、あたしは少しロッシを避けていた。あの日モモと見たキス、それにあたしたちが知ってしまったアンディの秘密。それに今夜仕事から戻ると、ミミコがアンディとパーティーに出掛けていた。
 もうきっと、どうあがいてもロッシに入る隙はないだろう。
 それでも、大丈夫頑張りなよ、なんて言うのはあまりにも無責任だ。だけど、見たことを全部話すのも気が重い。
 そう思って、あたしは覚悟が決まるまでロッシと顔を合わせないようにしていた。幸い、ロッシはミミコの分もカバーする為にダブルシフトで働いていて、うちにお見舞いに来る時間すらなかった 。
 だけど、ついにあたしはロッシの部屋を訪ねた。でも、その覚悟が出来たからじゃない。
 何日も前にモモが作って聞かせてくれた『ブルースカイ』モモはその曲をギターと歌だけカセットテープに録音していた。
 ミミコもあたしも、すごく気に入った。
「もっと踊れる曲にしたいの」
 モモはそう言った。その時点ではまだその曲は軽くリズムを取る感じの曲だった。
 あたしは自分の血が騒ぐのを感じた。その『ブルースカイ』を、真っ青な空にして飛び回れるかどうかは、あたしの色付けにかかっている。
 その日から、あたしはいろいろ試して、最高にかっこよくて飛び回りたくなるようなリズムを練り続けた。だけどどれもそこそこで、最高じゃない。毎日毎日、仕事の間もずっと『ブルースカイ』のことを考えていた。
   結局、あたしは自分勝手な理由でロッシの元を訪れた。とにかくロッシと話をしたりテレビを見たり、そんなことでリラックスしたかった。
 だけど、顔を見るとやっぱり黙っているのはよくないと思って、ミミコとアンディの事をロッシに打ち明けた……。
 だけど、ロッシの反応はあたしが思っていたようなものとは違った。

「そか。ま、どう見てもミーはアンディのこと好きだったしな。それにしてもよ、アンディがまさか、なあ。すげぇよな」
 ロッシはのんきな声でそう言った。
「ロッシ? 大丈夫なの?」
「え? なにが?」
 ロッシは不思議そうに聞く。
 なにが? って、だって今すごく決定的な事をあたしは打ち明けたのに。
「ってかさ、だから言ってんだろ? 俺もうミーはいいんだって」
 きっと強がりなんだろう。こんな時くらい友達のあたしに弱いところを見せたっていいのに。
 だけど、そうやって強がる気持ちは、あたしには簡単に理解できる。だから、それ以上突っ込むのはやめておいた。きっとひとりになって考えたいだろう。今日は早めに帰ろうと心の中で決めた。
「で? チー、そんなこと話に来た訳じゃねぇだろ? なんかあった?」
 ロッシはあたしを見透かしたみたいにそう言った。
「なんかあった訳じゃないけど……ずっと家でドラムのことばっかり考えてて。でもなんか煮詰まっちゃって」
「ああ。めずらしくスナッグにも来ねえから、どうしてんのかと思ってた」
「なんか。もしかしたらスランプかもしれない」
 そんなこと言うつもりじゃなかったのに、息を吐き出すと同時に勝手に口から出ていた。
「ん? ドラムか?」
 ロッシはあたしの隣に座って言った。
「時々来るんだよね……なんか、コレだっ、ていうのが見つからないんだよ……何十通 りも試してみたけど、もっとよくなりそうだって感じて」
 ロッシは、あたしを黙って見ていた。別にあたしはロッシの助言を聞く為に来た訳じゃない。それに愚痴りに来たんでもない。そのはずなのに、あたしはロッシが何か言ってくれるのを期待していた。
「そうか。じゃあ映画でも、見るか?……考えすぎは、よくねえだろ? 頭でっかちな音楽じゃ、踊れねえよ」
 ロッシはあたしの頭を軽く叩いて、そう言った。
 たぶん、それはあたしが言って欲しかったのに近いことだった。
「うん……だね。何見る?」
 少し気持ちが軽くなった気がした。
「何系がいい?」
 ロッシはテレビの下にあるダンボールを覗きながら聞く。
「ん〜、軽いのがいい。ね、ビールもらっていい?」
「ああ、冷蔵庫。俺のも」
 ロッシはダンボールをあさりながら答えた。
 キッチンの冷蔵庫の扉を開ける。何度か家には来てるけど、ロッシの冷蔵庫の中を見たのは初めてだった。中はきちんと整頓されていて食材もたくさんあって、ちゃんと料理をする人の冷蔵庫だった。だけどビールは見当たらなかった。
 野菜室なのかと思って下の引き出しを引っ張ると、真っ黒いビニール袋が目に飛び込んで来た。引き出しはそのビニール袋ひとつでいっぱいだった。
「なにこれ」
 思わず小さな声で呟いていた。それには、何かがたくさん詰まっているみたいだった。少しビニールの口が開いていて、中が見えた。
「俺ビール冷蔵庫入れんの忘れてたか……ア」
 ロッシはあたしが冷蔵庫の引き出しを覗いているのを見て、固まった。
「コレ……フィルム?」
「ああ……」
「すごい数……これって、撮り終わってるんだよね」
「ああ」
 ロッシの顔色がどんどん変わって行く。あたしは先月言われたことを思い出して、必死で自分にストップをかけた。
 そして口から一気に飛び出しそうになる言葉たちを押しとどめると、引き出しを閉じて振り返った。ロッシはまだ固まったままだった。
「で? ビールは?……あ、これ冷えてないよ。ぬるいかも」
 あたしはキッチンの端にあったビールの6パックを見つけて言った。
「ロッシ?」
「あ? ああ……冷えたトマトジュースがある、から、大丈夫じゃね」
「うん。ロッシ。そんな顔しなくても大丈夫だよ。ロッシが怪しいフィルムいっぱい隠してたなんて、誰にも言わないから」
「えっ、あ、あれは」
「いいって、映画見ようよ」
 無理に聞き出したらだめだと思った。今までみんながあたしにしてくれたように。
 ロッシから話してくれるまで待つ。
 ……そうだ。ロッシはカメラマン志望だった。それでロンドンに来てアートスクールを卒業したんだった。確かミミコからそう聞いた。

 
 

#14#16

 
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