「うあッ、すごいっ!」
演奏を終えて、ももちゃんとあたしはチコに駆け寄った。
「すごいよかったよね、今の、」
ももちゃんも大満足で言う。
チコは嬉しそうにへへっと笑った。先週ももちゃんが作った『ブルースカイ』を、チコがなかなか納得できずにいるのをあたしは知っていた。遊びにも行かずに、ずっと格闘していた。
だからあたしたちは毎日それ以外の曲を中心に練習していた。でもその後はあたしがそれどころじゃなくなって、練習もおあずけになってしまっていた。
もちろんあたしにだって、どうしてもベースを付けられないことはある。ももちゃんにだって。だから、そういう時はお互いあせらずに見守ることになっていた。
チコが『あれ出来たかもしれない』って言ったから、あたしたちは急いで地下室に集合した。そこで、チコのドラムに合わせて演奏を始めた。あたしはにやけっぱなしだった。
1番を終えると、あたしはドラムに少し合わせてベースを変えてみた。そしたらもっと良くなった。間奏で2人と目を合わせてにやにやした。
みんな、もう完璧だって分かっていた。
「やっとだよ、長かったあ」
チコはスティックを握りしめたまま延びをする。
「すっごいかっこよかったッ、さすがだね、チコ。ねえ? ももちゃん」
「うん。文句ナシ。踊れるよっコレ」
あたしたちはチコを囲んで、チコがもういいって、って言ってもまだ褒め続けた。
だって、今、魔法が起きた。テンションが上がらない訳がない。
最近あたしたちは、ますます好調だ。ももちゃんもあたしも、恋をしてバンドを疎かにするタイプじゃない。むしろ逆だった。
ジェイミーもアンディも物を生み出す人だから、あたしたちはそれに感化されて、一層パワーアップしていた。
というよりも、あたしの場合はアンディにインスピレーションを受けたなんて言われたし、デクスター氏にミューズだなんて言われてしまったし。
すごく調子に乗っている。あたしはおだてられる程頑張れるタイプだ。
チコはジャクソンブレイクのアルに失恋してしまったけど、全く平気そうだった。本人がそう言ったように、本当に吹っ切れているみたいだった。
もしかしたらまだ恋愛未満だったのかもしれない。だけど、アルのことを話していた時のチコを思い返してみると、やっぱりあれは恋だったんじゃないかと思えてしまう。
もしかして。チコは新しい恋に気付いたのかもしれない。
そう思うとわくわくした。
あたしがパーティーに出掛けた日、チコは朝帰りした。ロッシの家から。
それはそんなにめずらしいことじゃないけど、その前までずっと眉間にシワをよせてスティックを握っていたのに、そしたらあっという間に『ブルースカイ』を完成させて、元気になった。
なのに今度はロッシの様子がおかしい。すごく疲れているみたいで、昨日も今日も、お客さんにカクテルを間違えて出したり、グラスを落として割ったりしている。
きっと絶対なにかあったんだ。
だけど、それがいいことだったのか、悪いことだったのかも、検討がつかない。
また勝手な妄想が膨らんで、あたしはチコとロッシをどきどきしながら観察していた。
だって絶対にロッシはチコのことが好きなんだから。
***
「ねえチコ、そういえばさ、なんかロッシの様子が変なんだよ」
「変って、どういうふうに?」
チコが『ブルースカイ』を完成させてから5日後、あたしはやっぱり我慢できなくなって、チコにそれとなく切り出してみた。
ロッシの様子は、日に日におかしくなっていく。ずうっと心ここに在らずで、ぜんぜん元気がない。
「なんかね、すごく疲れてるみたいでずっとぼーっとしてて。グラスいくつも割るし、お客さんにカクテル間違えて出すし、ベンに何回も怒られてたもん。あんなロッシ初めてだよ。なんかチコ知らない?」
あたしがそう言い終えると同時に、チコはすくっと立ち上がった。
「どうしたの?」
「あ、うん。ちょっと、ロッシのとこ行ってくるっ」
そう言ってチコは早足で出て行った。
あたしはあっけにとられて、ソファにただ1人取り残された。結局ふたりの間に何があったのか分からなかったし、もっともっと気になってしまう結果
になった。
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