ロックンロールとエトセトラ  
 

10月 ブルーライト
Blue Light/ Bloc Party

 
   
 #2 くろくも ミミコ
 

 あたしは今すぐにでも好き、って言ってしまいそうで恐くなる。ももちゃんとジェイミーがうまくいったことが、最近あたしの背中を押している。
 そばで見ていると本当に2人とも幸せそうで、あたしの恋愛に対する気持ちも盛り上がってしまっている。
 あたしもアンディと、ももちゃんたちと同じように幸せになれるとは限らないって、頭では分かっているのに。
 それに、今回はなにもかもが今までと違っていて、あたしは全部を放り投げてぶつかって行くことができないでいた。もしもあたしのこの気持ちがアンディにとって迷惑だったら、きっともう友情もなくなって土曜日にも会えなくなってしまう。
 前までは相手に自分の気持ちをぶつけることが出来た。もしもだめでも自分はよくやったって褒められるってそう思っていた。ゼロかジュウしかなかった。だけど、今は違う。
 もしもアンディに拒否されたら、あたしは立ち直れないかもしれない。
 だからそんな捨て身になんてなれない。
 あたしは初めて好きな人に初対面から素の自分で接してきた。今まではやっぱりどこか良く見られたくて、無理して笑ってばかりいたり自分の考えを押し殺したりして接していた。
 結局はそれでもフラれてばっかりだった。初めに偽者の自分で接した所で、結局は最後までそれを続けられる訳じゃない。
 あたしがフラれる理由は結局あたしにある。相手がこんなはずじゃなかったって思っても当然のことをあたしはしてきた。
 ももちゃんやチコはあんな男って怒ってくれたけど、あたしに男を見る目がnaいことだけが原因じゃなかったって、今ならちゃんと分かる。
 だからアンディには本当のあたしで接してきた。ドキドキしてテンションが上がって、いつもよりもはしゃいでしまうことはあるけど、それも素直な気持ちからだった。
 だからアンディにあたしの気持ちを拒絶されることは、あたし全部を否定されるような気がしてしまう。
 それはただのアンディの主観で、そうじゃないって言ってくれる人だっているかもしれない。それでも今のあたしにはアンディじゃなくちゃだめなんだから。
「ミカコ? なにか、悩んでるのか?」
 伏せていた目を上げると、アンディが悲しそうな顔で見下ろしていた。
「あ、ううん。そんなんじゃないよ。まだ眠くてぼーっとしてるだけなの」
 あたしは笑ったけど、アンディは笑わなかった。ときどきアンディに真直ぐ見つめられると、なにもかも見透かされているような気がして恐くなる。だからいつもあたしは目をそらしてしまう。
 だけど、今日先に目をそらしたのはアンディだった。
「そか……」
  なんだか、今日のアンディは変だった。
「アンディこそ、なにか悩んでるの?」
「いや……」
 アンディはただそう言って黙ってしまった。
 アンディは立てた膝にアゴをのせて、遠くを見つめている。
「アンディ? どうしたの? 何かあったなら話してよ? いつもあたし聞いてもらってばっかりだし。あたしで役に立つかはわかんないけど。ね」
 アンディは、苦しそうに眉間にしわをよせて、ただ頷いていた。
「うん……あのさ、」
「ん?」
 アンディは何か言いかけたけど、黙ってしまった。
 あたしはどうしていいのか分からなかった。あたしはいっつもアンディに助けてもらって、泣きついて。なのに立場が逆になるとどうすればいいのかわからない。
 ほんと嫌になる。役立たずだ。
 だけど、なんとかアンディに元気になって欲しくて思い付いたのは、自分がしてもらって楽になる事だけだった。
 あたしはアンディの方を向くと、腕を伸ばして短く切られたアンディの髪に指を通 した。元々柔らかそうだったアンディの髪は、短くなっても柔らかなままだった。
 アンディは驚いた顔をしてあたしを見た。だけどあたしの手を払い除けようとはしなかった。
 やっぱりアンディは何かに悩んでいるに違いない。だけど、あたしには話したくないのかもしれない。
 でも、それじゃあどうしてこんな朝早くにあたしに会いに来たんだろう?
 なにかあたしと話がしたいと思って来てくれたんじゃないのかな……だけど、真直ぐ前を見ているアンディの横顔を見ていても、そんなことぜんぜん分からなかった。
「ミカコ……」
 ふいにアンディが少しこっちを向いた。
「なに?」
 アンディはなにか言おうとしたけど、また黙ってしまう。
 少しすると、またアンディはこっちを向いた。
「ミカコ……ハグしてもいい?」
「あ、うん」
 そう応えるかどうかで、アンディはあたしを抱き締めた。それは、ハグって感じじゃなかった。あたしをなぐさめてくれる時みたいな、優しくて穏やかなハグとは違った。心臓が止まりそうだった。
 アンディの片手は、フードを外してあたしの髪を撫でていて、もう片方はあたしの腰にしっかり回されていた。短いパーカーから腰が出ていて、アンディの手のひらが熱い。
 あたしも腕を回してアンディの背中を撫でた。
  あたしはとまどって混乱してしまう。だって、明らかにアンディの様子がおかしい。
「アンディ? ほんとにどうしたの? 大丈夫?」
 アンディの力が強くてぎゅっと彼の胸に押し付けられていたから、顔を上げても、アンディの顎しか見えなかった。だけど、今すぐに彼の目が見たかった。
「アンディ?」
 あたしはなんとか力を込めて少しだけ体を離すと、アンディの顔を見た。だけど、顔を見てもアンディが今何を考えているのかなんて、さっぱり分からなかった。
「なにか、あった?」
 あたしはおずおずと訪ねた。いつもあんなに冷静なアンディが、取り乱している。きっとあたしが聞いても力になれないに決まってる。だけど、聞かずにはいられなかった。
「ミカコ……あのさ、僕は、ずっとミカコに隠していたことがあって。もう、話す時期だと思ってる」
 胸がヅキっと鳴った。
 アンディは何かとんでもない爆弾を抱えているってこと? あたしにずっと隠しておかなくちゃいけなかったような。
「うん、うん、」
 ただ頷くしかなかった。今すぐ聞きたいけど、永遠に聞きたくないとも思っている。
「もしも……今目の前にいる僕が、ミカコの思っているような人間じゃないとしても、友達でいてくれる?」
 アンディが何のことを言っているのかさっぱり分からなかった。どこから推測していいのかも分からない。ただ分かるのは、アンディがすごく辛そうだっていうことだけ。
 それに、本当はアンディはずっとあたしにとって好きな人で、友達だと思ったことなんてなかったけど、それについては今は黙っておくことにした。
「 アンディ? 何の話をしてるのか分かんないよ……でも、アンディはいつもあたしの前で誰かを演じているっていうことなの? いつもあたしに嘘をついてるってことなの? 一緒に話したり買い物に行ったりして、楽しかったよね? でも、アンディは本当は楽しくなかったの? そういうことなの?」
 あたしは泣き出してしまいそうだった。今まで築き上げてきたアンディとの関係が、すごく脆くて弱いものだったように思えてくる。
「いや……違う。そういうことじゃない。ミカコを騙したりしてない。それにいつも楽しかった」
 アンディはあたしの顔を見て慌ててそう言った。
「じゃあ、どういうこと?」
 アンディは考え込んでしまう。あたしはそれ以上無理矢理聞き出そうとはしなかった。というよりも出来なかった。ただ、不安な気持ちでいっぱいになる。きっとこんな時、ももちゃんならもっと上手に相手の気持ちを聞き出してあげられるんだろう。
 でもあたしにはそんなこと出来ない。だから、思ったことをただ口にするしかなかった。

「アンディ……今言ったみたいに。あたしといる時に、いつもアンディが誰かのふりをしてたとかそういうことじゃないなら、もしもアンディにまだあたしの知らない所があったとしたって、それもアンディの一部でしょ? それはこれからお互い知って行けばいいことだよ……今までもアンディがあたしに本音で接していてくれたんなら、アンディに違う部分があったとしても、きっとアンディに対するあたしの気持ちは変わらないと思う」
 あたしは言葉を選びながら慎重にそう言った。
 だけど、それは嘘じゃなかった。実際あたしの勘違いのせいで、密かにアンディには何度も驚かされていた。歳のこと、大学生じゃなかったこと、昔グレていたこと。だけど、そんなのどれも大したことじゃなかった。
 アンディは、無表情のまま固まっていた。
「アンディ? なに変な顔してんの?」
 そう言って笑って、あたしはアンディに抱き付いた。
 ほんとは、そうしないと不安で泣いてしまいそうだった。
 なんだか、アンディがすごく遠くへ離れて行ってしまうような感じがする。
「ミカコ……しばらく忙しくて会えないと思う。でも、落ち着いたら話したいことがあるんだ」
「……うん」
 アンディはあたしをすっぽり覆ったまま、そう言った。
 話したい事? それを聞いたら、あたしがアンディのことを嫌いになるかもしれないような、アンディを苦しめている重大な?
「アンディ? 戻ってくるよね?」
 あたしはたまらなくなってアンディを見上げた。
 少し高くなった太陽にアンディのめがねが反射して、アンディがどんな目であたしを見下ろしているのかわからなかった。
「ああ」
 そうアンディの声が耳もとで囁いた。視界が暗くなって、気付くと、あたしはアンディにキスされていた。それも、すごく熱いキス。
 抵抗なんてもちろんしなかったけど、突然すぎて応えることもできなかった。
 それが短かったのか長かったのかも分からなかった。

 次に見えたのは、驚いた顔のアンディの目にどんどん広がって行く後悔だった。
「いや……ごめん、いや違うんだ、こんなことするつもりじゃ……ごめん。どうかしてた」
 アンディは独り言みたいにそう言うと、あたしに背中を向けて早足で庭を出て行った。
 その言葉はあたしをズタズタに引き裂いた。

 どうかしてた?  だからあたしにキスしたの?

 
 

#1#3

 
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