ロックンロールとエトセトラ  
 

10月 ブルーライト
Blue Light/ Bloc Party

 
   
 #3 ぼくのベル モモカ
 

「モモッ、見てあれ! ミミコがオトコマエに襲われてる!」
 チコがキッチンで嬉しいのか悲しいのか分からない悲鳴を挙げた。チコはキッチンの窓から裏庭のベンチを覗いていた。裏庭はミミコの部屋に面 していて、キッチンからは一生懸命体を乗り出して見ないと見えない。
 あたしもチコの隣から顔を出して、見てみた。
 ミミコがグレアム・コクソンみたいな髪型をした大きな男の人に抱き締められていた。
 確かにチコが言ったみたいに、オトコマエっぽかったけど、ここからじゃ顔はちゃんと見えない。
「誰あれ? 知ってる?」
 あたしは首を振った。
「助けに行くべきなのかな」
 だんだん心配になってきた。もし親友が変質者に襲われているのを、見物してたなんてことになったら。
「そうだっ」
 そう言って急にチコはキッチンを走って出て行った。チコが3階の自分の部屋まで走って行って戻って来るまで、足音で完璧にどこにいるのか分かった。
「ほらっ」
 そう言ってチコが持ってきたのはオペラグラスだった。
「えらいいっ」
 チコは早速窓から少し顔を出して、ミミコを覗く。
「お、あ、おおおっ」
「なに? 変質者じゃないよね? ね? ミミコ大丈夫?」
 チコは目を丸くしてあたしにオペラグラスを渡す。
「大丈夫じゃないかも」
 チコがそんなこと言うから急に心配になって、あたしも必死になってオペラグラスを覗いた。興奮して手がブレるせいで、なかなか見えなかった。
 だけど、見えた時、チコの言った本当の意味が分かった。髪型が変わってるけど、あの黒ぶちめがね。
「アンディじゃないっ」
 あたしはチコの腕をぎゅっと握った。
「だよね?」
「うん、そうだよね? うそ、信じられない。なんで? 告白したのかな、ミミコ」
「いや、反対かも。だって、絶対アンディもミミコのこと好きそうだったもん」
「そうだよね、あたしも思ってた」
 そう言いながらもう1度覗くと、2人がキスしていた。あたしが変な声を挙げたから、チコはオペラグラスをあたしからもぎとった。
「チュウしてるっ! アンディとミミコがっ! すごいッ」
 チコもあたしの腕をがしっと掴んで振り回した。

 午前のバラエティ番組では、英国ロイヤル文学賞の大賞にミミコの大好きなA・J・デクスター氏が選ばれたと言っていた。
 今日はミミコにとっていいことづくめだと思った。
 あたしたちは自分のことのように喜んで、それからふたりを邪魔しないよう、いつもよりも早く家を出た。

***
 家に帰ったのはあたしが一番だった。
 明かりを付けてリビングのソファに倒れ込むと、クッションを三つ抱えてにやにやする。
 チコは仕事。ミミコは遅番だから、今いないっていうことは、もしかしたらアンディとどこかへ出かけたのかもしれない。
 今日一日中、あたしは顔が緩みっぱなしだった。
 エレンに気持ち悪がられたけど、今朝見た光景を話したら、彼女も同じ顔をし始めた。
 エレンは最近ときめきに飢えている。だから、あたしとジェイミーのことだって、それはそれは事細かに聞き出そうとする。もちろん、ミミコやチコの話だって聞きたがる。エレンはアンディとは面 識がないけど、ミミコのことはあたしと同じようにかわいがってくれている。
 エレンはセクシーで美人で頭も良くて、大好きな洋服の店を持っていて自立しているし、口が悪い意外は何も欠点がないように見えるけど、あんまりいい恋愛をしたことがないらしい。いい男がいない、っていっつも嘆いている。
 帰りに、今日発売のニットキャップスのシングルを買いに行って、CDウォークマンで聞きながら帰って来た。9月に出たアルバムからのセカンドシングルで、アルバムに入っている『グリーン』の他に未収録曲が2曲入っている。電車の中でにやけた顔を伏せるのが大変だったけど、きっと周りにいた人は気付いていたと思う。
 3曲目が始まった時、あたしは思わずビクっとしてしまった。隣のスーツを着たおじさんにジロっと見られたけど、気にならなかった。
 だって。
 その曲のリフにも、メロディにも、聞き覚えがあった。
 ジェイミーが前に、未完成だって言いながらハミングで聞かせてくれた曲だった。
「僕さ、この曲に詞もつけたんだよ。いつも歌詞は全部ニックが書くんだけど。でも、これにはどうしても自分で歌詞を付けたくて。で、見せてみたんだニックに。そしたら俺にこんなダサい歌詞歌えっていうのか、って突き返されてさ。でも、僕が書くっていうことには同意してくれたんだ。だから、毎日書き直しては添削してもらってるんだよ? 笑えるよね」
 ジェイミーはそう言って笑っていた。
 ジェイミー、これはジェイミーのあたしに対する気持ちだって、そう受け止めてもいいよね? あたしの自惚れじゃないよね?

 『ぼくのベル』
 きみの声 吐息 瞳 なにもかもが  やわらかな光になって僕を形取る
 そうやって君に包まれている間  ぼくはどこまでも深く幸せな眠りにつくことができる
 きみはぼくのベルを震わせてたまらなくさせる
 ぼくはどこへも行かない
 きらめく星たちが全部灰色の空に飲み込まれても
 ぼくはきみの光をたどってみつけてみせるよ
 ぼくはどこへも行かない どこへも行かない

 ジェイミーに早く会いたい。
 この感動を、一体なんて言い表せばいいんだろう。
 あたしのボキャブラリーじゃきっと半分も気持ちを伝えられないだろう。
 瞬きすると、涙の粒がぽろっと落ちた。地下鉄の中ではなんとかこらえることが出来たけど、もう我慢する必要なんてない。
 悲しい時の涙とは違って、きっとどこまでも透明で、固めたらダイヤモンドみたいにきらきら輝くに決まってる。
 ニックが歌うジェイミーの詞と、ジェイミーのギターに耳をすませて、何回も繰り返しその歌 を聞きながら、チコとミミコが帰って来るのを待っていた。

 
 

#2#4

 
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