ミミコの顔を見れば一目瞭然だった。あたしたちが出て行った後悪い事が起きたんだって。
ミミコはあたしたちの顔を見ると、目から大粒の涙をぽろぽろと落とし始めた。
あたしたちは家に誰もいないと思い込んでいたけど、ずっと暗い家の中にミミコは独りでいたらしい。
仕事に行くって言い張るミミコを毛布でぐるぐる巻きにしてソファに座らせると、モモの作ってくれたホットチョコレートを3人で一緒に飲んだ。スナッグにすぐに電話をして、一番忙しい10時から12時の間だけあたしが手伝いに行くことにした。
少し落ち着きを取り戻したミミコは、ゆっくりと朝のことを話し始めた。
モモもあたしも、それを見ていたことは言い出せなかった。デクスター氏の事も、もうどうでもいいニュースだった。
あたしは密かにアンディに対する怒りをふつふつと沸き上がらせていた。
わけが分からない。何様のつもり? キスしたくせに気の迷いだったなんて、そんなのミミコをバカにしてる。
だけどそれは全部お腹の底に飲み込んだ。ミミコが一番知りたがっていることを、あたしがオウム返ししたところで、なんにも意味がないと思ったから。
「ミミコ……わかんないけど、あたし、アンディはそんなにいいかげんなタイプだとは思ってなくて……きっとミミコもそうだと思うけど。だから、なにか悩みがあって来た時に、自分で思ってもみないようなこと、する人じゃないと思うんだけど」
モモがぼそぼそと自信なさげに呟いた。あたしもミミコと同じく、全くモモが何を言いたいのか理解できなかった。
「どういう意味?」
ミミコは鼻を啜りながら、すがるような目でモモを見る。モモは少し考えているみたいだった。
「うん……ああ、やっぱわかんない。でも……とにかく……そんなにアンディが苦しそうに悩んでたことを、ミミコに打ち明けたいって思ってるんだよ?……それは、すごくミミコのことを大切に思ってるって、ミミコに自分のことを分かって欲しいって。そう思ってるって事だよね?」
「そう……なのかな。そう思っても、いいのかな」
あたしは真剣にモモの話に聞き入っていた。
「ミミコ。全部の結果を出して独りで決めないでね。あたしが言ってる事だって、結局はただの推測だけど……でも、アンディはちゃんと話してくれるって言ったんでしょ?」
モモは言葉を選びながら、慎重に話している。だけど、全部がただの気休めだとは、思えなかった。周りの人間をちゃんと見て、大切にしているモモだから言えることだった。
あたしは、そんなモモを尊敬に近い感覚で見ていた。
「……うん」
ミミコは小さな声で呟いた。
「じゃあ、少しだけ辛抱して待とうよ。今思ってることを、次会った時にアンディに言えばいいんだから。きっと、キスの意味だって分かるよ」
「……うん。ありがと……ごめんね、なんかグチばっかり……チコ、顔が恐い……怒ってる? ごめん、スナッグも行かなきゃいけないし」
「え、へ? 怒ってないって」
あたしは思わず笑ってしまった。モモの話に感心し過ぎて、多分ミミコ以上に真剣に聞いていた。
「うそ、ほんとは変な顔してるって言おうと思った」
ミミコは少し笑った。
なんであれ、ミミコが笑ってくれてホっとした。
実際、モモが言ったように、アンディはミミコのことをすごく大切に思っていると思う。
スナッグでのライブの時や、うちにいる時だって、アンディは本当に愛しいものを見る目でミミコを見ている。それくらいあたしにだって分かっていた。
「ミミコ、熱は?」
ミミコが出した体温計を見ると、38.8度もあった。
「すごい熱、はやくベッドに戻って寝た方がいいよ」
「うん……その方がよさそう」
ミミコも火照った顔で呟いた。
ミミコが部屋に戻った後、あたしはさっきモモが本当はミミコになにを言おうとしたのか聞いてみた。
「前から思ってたんだけど。ふたりは両思いなんじゃないのかなって」
あたしは深く頷いた。
「でも、ミミコがアンディを好きなこと、むこうはぜんぜん気付いてないんだとしたら。あのキスって、すごく自分勝手だよね。だから、勝手なことしてごめんっていうことだったのかな、って」
あたしはモモの推理力に感心した。だけど、それなら筋が通るかもしれない。
「なんでミミコに言わなかったの?」
「だって。もしかしたらあたしの勘違いかもしれないし……違ったら、ね」
「そっか。そうだね……でも、あたしもあのふたりは好きどうしだって思う。そうだったらいいよね」
「うん」
ミミコを泣かせたことについて腹は立つけど、アンディがそんなにいいかげんな奴だとは、思えなかった。
でも……アンディの秘密って? あたしにはその方が気掛かりだった。
昔相当悪いことをしてたらしいけど、実は殺人もしてたとか?
『本当の僕はミカコが思っているような人間じゃないとしたら?』
実はドロシアの孫っていうのは偽りで、本当は他人なのにアンディのふりをして遺産を狙ってるとか?
鋭い観察眼を持ったモモとは正反対で、あまりにも突飛なハリウッド映画みたいなことしか浮かんでこない自分が情けなかった。
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