ロックンロールとエトセトラ  
 

10月 ブルーライト
Blue Light/ Bloc Party

 
   
  #9 ドレス ミカコ
 

 ベンに治ったから行くっていう電話をしたけど、金曜までは休んでゆっくりしろって言われた。だからあと休みが2日もできた。何をしようか考えてみたけど、思い付かなくて、とりあえず昼過ぎまでテレビでワイドショーとニュースを見続けた。
 だけどデクスター氏には巡り会えなかった。

 考えるのはアンディのことばっかり。アンディはあの暗闇で何を話そうとしてたんだろう。それに、どうしてちゃんと話もしないで帰ってしまったのかも気になる。
 あたしが途中で寝たりしたから、呆れて話す気もしなくなってしまったのかもしれない。
 考えても分かるわけないし、だからって押しかけて聞く勇気もない。
 ドロシアの家には遊びに行ったことがあるけど、アンディの家に行ったことはない。同じ家だけどそれは大きく意味合いが違う。
 玄関のベルが鳴って、のろのろとドアを開けに行くとアンディが立っていた。
「あ、あ、アンディいらっしゃい」
 あたしは咄嗟に自分を見下ろしてチェックした。ジーンズにジェイミーにもらったニットキャップスTシャツに黒いカーディガンで、ノーメイクなこと以外はセーフだった。
「よかった。元気になったんだ?」
「うん、大丈夫」
「あのさ、夕方から一緒に来てほしい所があるんだけど、出れそう?」
「え? うん、大丈夫だよ」
「よかった。じゃあ6時にまた来るから、これ。好きな方着て。どっちがいいのか分からなかったんだ」
 着る……?  意味が分からなくて紙袋を覗こうとした。
「じゃ、また後で」
 アンディはさっさとドアから出て行ってしまった。

 アンディがなにもなかったように振る舞うから、思わずそれに合わせてしまった。
 ぽつんと独り残された玄関で、渡された紙袋を覗いてみた。紙袋の中にまた紙袋が入っていて、シールで封がしてある。
 リビングに戻ってその袋を引っ張り出してみた。中から出て来たのは、よく知っている紙袋だった。あたしの大好きなレベッカテイラーの紙袋だった。
 一気に胸が高鳴って、すぐにシールを剥がして中身を出した。出て来たのは、透明のビニールに包まれた黒いワンピースとピンクのワンピースだった。それをさらに取り出す。
 どっちもシルクですべすべしていて、叫びたくなるくらいかわいかった。
 実際、かわいいって大きな声で叫んでいた。2枚を丁寧に広げると、じっくり眺めてみる……黒い方はホルターネックでスカートが3段フリルになっていて、ピンクの方はよく見るとうっすらと銀色の縦ストライプで、Vネックの胸元には小さなスパンコールの星とビーズがちりばめられていた。
 あたしはしばらく、ドレスを抱えたままソファで放心状態に陥っていた。
 少し、頭を整理する必要がある。

 このどっちかを着て、今日アンディとデートしていいってことなの?
 それに、レベッカのお店にわざわぜアンディが行って2枚ともあたしの為に選んでくれたんだろうか?  あのアンディがレベッカのお店に?  あたしの為に?  あたしにこれが似合うかもしれない、とか考えたり思い浮かべたりしてくれたってこと?
  それに、これが一枚どのくらいの値段するのかもだいたい分かる。それを2枚も……でも、あげるって言われた訳じゃないし別 にあたしへのプレゼントっていう訳じゃないのかもしれない。
 だけど、貸し衣裳とかじゃないだろうし。
 昨日の夜の出来事は、やっぱり夢じゃなくて、だからあたしたちはこれから初デートをするんだろうか……。
 なにもかもが、あまりにも突然で、全く現実味がなくて。まるで他人事みたいに感じる。だけどこれはまぎれもなく、あたし自身のことで。
 そわそわとリビングを歩き回ったり、コーヒーを煎れたりして気を紛らわせていると、徐々に自分が取り戻せた。
 ドレスに袖を通してみたくなった。
 もう一度2枚を手に取ってよく見てみる。
 こんなに素敵な服を着て、アンディと一緒に出かけられるんだ。
 あたしに着こなせる?
 そういう不安と同じ分だけ、体中からわくわくする気持ちも集まって来る。
 今日、きっと特別な日になるんだ。その為にアンディはわざわざ服まで用意してくれたんだから。あたしはそれに完璧に応えなくちゃ。
 ドレスアップして、かわいくて、できればここ何回かの変な格好や不潔なあたしを忘れてもらいたい。
 だけど、結局何から手を付けていいのか分からなくって、まずはももちゃんの働いているバタフライに電話を掛けた。

 
 

#8#10

 
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