ロックンロールとエトセトラ  
  第1章 オトメとエトセトラ-10  
   
    1999年 6月 ミカコ   
 

 ももちゃんのライブを見に行ってから2ヶ月が経とうとしていた。
 そして、丁度CDに合わせて音を出せるようになった頃、思いも寄らない事が起こった。
 ももちゃんがそのバンドを抜けたのだった。
 それだけじゃなくって、彼氏とも別れてしまった。
 3日間連絡の取れなかったももちゃんが、突然家を訪ねて来た。
 あたしはももちゃんが彼氏と別れればいいなんて思ったことは一度もなかったし、その抜け殻みたいになった友達をなんて慰めていいのか分からなかった。
 あたしは恋愛のこととなると、本当に役立たずな友達だった。だってあたし自身、恋愛でいい思いなんて一度もしたことがなかったから。
 なにか少しでもももちゃんの気持ちが軽くなるような気の効いた事を言いたかったけど、なんにも思い付かなかった。
 他にも男なんているよ、なんて軽々しく言えなかった。
 ももちゃんには彼しかいなかったんだから。
 ももちゃんが一番つらかった時にそこから救い出してくれた人だった。だから、彼の代わりなんて簡単に見つかる訳がない。
 きっと傷はすごく深くて、元気になるのは時間がかかるに決まってる。

 ふたりで山盛りのチョコレートを食べながら、映画『シューティングフィッシュ』を見ていると、ももちゃんは少しずついつもの元気を取り戻し始めた。  カフェオレのおかわり3杯目の頃には、そのバンドがどんなに男社会で、ももちゃんの意見が通 らないことも多かったか話してくれた。
「それでもね。あそこがあたしの居場所だったの。そう思ってたんだけどな……しがみついてたんだよね。本当にあたしがやりたい音楽だったのかも今は分からない……曲なんてあたし書いたことないし、セイくんのそばでギターを弾いてるだけで、幸せだって……そう思ってたの」
 その言葉はあまりにも弱々しい女の子で、あたしは少しショックだった。
「でもね……ちょっと違うなって。気付いてはいたの。ミミコも言ったよね……あたしにあのバンドが合ってるのか、って」
「うん」
「最近考えてたの。このバンドじゃない所で、誰かにのっけて行ってもらうんじゃなくてね、自分で曲を作ったりしたらどうなるかな、って」
 やっぱりももちゃんは、ただのか弱い女の子なんかじゃなかった。まだその目は涙に濡れているけど、それでも真直ぐにもう先を見つめていた。
 あたしは頬が緩みそうなのをこらえて、深く頷き続けた。
「それでね。先週、そのことをセイくんに話したの。バンド抜けようと思って。新しいバンドのあてとかぜんぜんないんだけど。セイくんと会えなくなる訳じゃないし」
 ももちゃんはどんどんうつむいていく。
「そしたらね、セイくんにも話があって、こうなっちゃったの」
 顔を上げたももちゃんは、もう泣いていなかった。
「ほんっと、腹立つ。あたしみたいないい女を振って、後悔に苦しめばいい」  ももちゃんはそう勢い良く毒づいた。
 それはどう聞いてもただの強がりだったけど、それでもあたしはやっぱり元気なももちゃんの方が好きだと思った。
 あたしは突然立ち上がった。もう我慢できなかった。
 押し入れを開けると、お父さんから借りたアコースティックギターを出した。もちろんチューニング済み。それを口の開いたままのももちゃんに押し付ける。
 さらに押入れに押し込めておいた、自慢のベースと小さなアンプを出した。もちろんアンプのボリュームは小さく絞ってある。そうじゃないと近所迷惑だって家族に怒られるから。
 ももちゃんはその間一言も話さずに、あたしをじっと見ていた。
 あたしは早くも緊張し初めて、手のひらにじっとりと嫌な汗をかいていた。 「ももちゃん、歌ってね」
 そう言ってあたしは小さな音でCDを再生した。
 もちろん曲は『リヴ・フォーエバー』
 音が鳴り始めて、あたしは左手から少しも目を外さずに、ベースを鳴らしだした。まだ、ももちゃんからは何も聞こえてこない。あたしは指が震えそうなほど緊張していて、肩にもガチガチに力が入っていた。
 一瞬だけ顔を上げてみるとももちゃんは、口と目をぽっかり開けた変な顔で固まっていた。思わず吹き出しそうになったら、すぐに左の中指で間違えた弦を押さえてブリッと変な音が出た。集中集中。そう思いながら、それでもあたしはまだうずうずしていた。 「ももちゃん、早く、歌って、弾いてよ、」
 切れ切れでも、手を動かしながらしゃべれたことに自分で驚いた。
 ももちゃんはやっと我に返って頷くと、正しいコードを小さく響かせた。

 ももちゃんは何も話さず、2番の歌詞から歌い始めた。

 

 
 

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