ロックンロールとエトセトラ  
 

11月 オールオーバーミー
All Over Me/ Graham Coxon

 
   
 #10 限界 イチコ
 

 結局あたしは、ミミコやモモの部屋みたいに綺麗にすることを諦めることにした。
 ベッドに山積みにした服をクローゼットに押し込み、椅子に積んだCDを元のようにラックに積む。結局全部元通 りだ。
 それでも、元よりは少しましになった。
 気晴らししようと部屋を出た。途中リビングの前を通ると、ミミコとアンディがソファでなにか真剣に話し合っていた。喧嘩しているふうではない。
 あたしはさっき自分がミミコに投げ付けた言葉を何度も思い返していた。あれは、八つ当たりだったんじゃないだろうか。あそこで言うべきじゃなかったのかもしれない。今までずっと黙っていたのに。ロッシにも絶対に言わないって約束したはずだったのに。
 だけど言ってしまったのを、もう取り消したりはできない。少し胸が苦しくなった。
 そこを素通りしてキッチンから地下室に降りた。ドラムセットの前に座ると、最近のセットリストの順に一曲ずつ叩き始めた。少しずつ気持ちが晴れていく。
 きっとミミコもアンディに元気付けられるだろうし、すぐそこに迫っている父との対決すら、なんとかなる、なんていうふうに思えて来る。
 自分でも驚いていた。ロッシへの気持ちを受け入れても、思っていたような酷い気分にはならなかった。
 むしろ、自分の気持ちを制限してぎくしゃくした態度を取っている方が苦しかった。
 日本から戻ったら、きっと前みたいにロッシと楽しく過ごせるだろう。
 もしもロッシがあたしの気持ちを知って迷惑がったとしても、ロッシはいい奴だから、友達としてなら今までどおりいてくれるだろう。
 なんて、らしくない楽観的なことを思っていた。

 『ブルースカイ』の最後に勢いよくシンバルを鳴らして満足していると、誰かが階段を掛け降りて来る音がした。
 キッチンに続く方じゃなくて、外に続いている階段を、誰かが勢いよく降りて来る。ドアの外から一段飛ばしで激しくコンクリートを打ち鳴らす靴音が響いてくる。
 確かめようと椅子を立ってドアに近づいて行くと、バンッと激しくドアが開いた。ドラマに出て来る犯人の家に突入したFBIと同じくらいの勢いだった。
 惚けた顔で固まっているあたしとは対照的に、ロッシは険しい顔で、肩で息をしていた。手には茶封筒を持っている。
「ロッシ? どうしたの?」
 その顔を見たら、すぐにロッシにとってとんでもなく酷い事が起きたんだろうと思った。
「俺、俺、」
 ロッシはまだハアハアと肩で息をしながら声を絞り出した。
 あたしは頷きながらロッシの顔を見ていた。寝癖でくしゃくしゃの髪で、いつもならそれを隠す為に帽子を被っているのに、それすら忘れて慌てて来たらしい。
「俺、」
 やっと息が整ったロッシはあたしをまっすぐ見ていた。その手から茶封筒がはらりと舞って床に落ちた。
「無理だ。絶対、無理だ」
 ロッシは苦しげにそう言った。
「何が?」
 心配になってそう言った瞬間、ロッシに強く抱き締められた。
 顔を強く胸に押し付けられて鼻が痛い。ロッシの心臓の音がうるさいくらいに耳に響いている。
 なにが無理なのか全く分からない。

 
 

#9#11

 
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