ロックンロールとエトセトラ  
 

11月 オールオーバーミー
All Over Me/ Graham Coxon

 
   
 #11 抱擁 イチコ
 

 ロッシは黙ってただあたしを力強く抱き締めている。ただごとじゃないのは確かで、あたしもロッシの雰囲気に押されて戸惑っていた。 「ロッシ?」
 あたしはなんとか顔をあげてロッシを見た。
「どうしたの? なんかあった?」
 ロッシはまだ険しい顔をしたままあたしを見下ろしている。それでもまだ腕には力がこもったままだ。
「行かないでくれよ」
 ロッシは懇願するように呟いた。
「えっ?」
 あたしは息がつまりそうになった。今のは聞き間違いじゃないんだろうか?
「分かったんだ。俺無理だ。やっと見つけたのによ。なのに、」
「ロッシ? なんのこと言ってんの?」
 あたしの鼓動もロッシのと同じくらい速くなって行く。
「ずっと言わねえつもりだった。こんなこと言った所でチーは本気に取らねぇだろうし、チーにそんな気がねぇってことも分かってる」
 ロッシの喉から絞り出したような声が痛々しい。だけど相変わらずあたしには、ロッシが何を言いたいのかも、この抱擁の意味も分からなかった。
 あたしはただロッシを見上げていた。
「チーがここを離れるのはしょうがねぇんだってミーにも言われたし、だから俺に止めたりできねぇし、そんなことしねえで笑って送り出そうって決めたけど……でもやっぱ無理で……気付いたら走ってた」
 ロッシの腕が少し緩んであたしは少しロッシから離れた。
  あたしはロッシの言葉を頭の中でぐるぐる回して、なんとか正しく組み合わせようとしていた。
 だってこれじゃあ、ロッシがあたしを好きみたいに聞こえるし、まるでロッシがあたしがいないとだめになる、みたいに聞こえる。そんなの絶対に変だ。
「俺、好きなんだ。チーのこと」
 あたしは驚いてロッシの顔を見つめた。そのピスタチオみたいなグリーンの目をまじまじと覗き込んだ。
 なーんてな、とか言いながらロッシが笑い出すんじゃないかと思った。
 だけど、そうはならなかった。
「ずっと好きだった。前から」
 ロッシはあたしが見上げるのよりも何倍も真剣な眼差しであたしを射抜くように見ている。
「あたし、」
 そう言い掛けた途端、ロッシは柔らかく笑うとあたしの頭を軽く叩いた。
「いいんだ。困らせるつもりじゃねぇよ。分かってんだ、頭ん中ではさ。無理なことばっか言ってんのは。でも、なんかやっぱなんも言わねぇと後悔するだろうし。だから」
 ロッシはあたしの背中に回した腕をほどくと、屈んでさっき手放した茶封筒を拾い上げた。

 
 

#10#12

 
  もくじに戻るノベルスに戻るトップに戻る