ロックンロールとエトセトラ  
 

11月 オールオーバーミー
All Over Me/ Graham Coxon

 
   
 #15 迷路 イチコ
 

 あたしはロッシが着ているマウンテンパーカーのパタゴニアのマークをじっと見ていた。
 すると突然、力強い腕が伸びてきてあたしを包み込んだ。
 ロッシはあたしの耳元で長い溜息を吐き出す。
「よかった」
 あたしの肩に顎をのせて、ロッシはそう呟いた。
「なんか俺、すげ恥ずかしい」
 ロッシは少し腕を緩めるとそう言った。
 だけどあたしはロッシの胸に額を押し当てていた。ロッシの目を見るのが怖かった。
 もしも、ロッシの目に後悔が広がっていたらどうしよう?
 それを見抜いてしまったらどうしよう?
「チー? どした?」
 ロッシはあたしの背中を軽く叩いて言った。
「ロッシ、あたし別にいなくなる訳じゃないんだよ? 別に今まで通りだよ……それでも……いいの? 今ならまだ」
 今ならまだ傷は浅くてすむかもしれない。なかったことにしようよ、って笑ってやり過ごせるかもしれない。
「おい? どういう意味だよ?」
 あたしはまだ顔を上げることができない。
「あのな、」
 あたしはロッシの言葉を遮った。
「あたしずっとロッシはミミコのことが好きなんだって思ってた。けど、ミミコにはアンディがいるし。だから、」
「ストップ」
 今度はロッシが強い口調であたしの言葉を遮った。
「チー、顔上げて」  ロッシはあたしの両肩を掴んで少し自分から離した。それでもあたしはベンチの木目を見つめていた。
「チー、」
 ロッシは声を和らげて言う。それでもあたしは木目の迷路を目で追っていた。ずっとその迷路に迷い込んでいたいくらいだ。
「ああもうっ、チーちゃんと俺の話聞いてから答え出してくれよ。頼むから」
 ロッシの手が膝に触れた。木目から目を離すと、ロッシは床に座ってあたしを見上げていた。
「いいか? 俺、たしかに初めミーのこといいなって思ったよ。かわいいって思ってた。けど、アンディが出てきてミーの気持ちがそっちに向いてるって分かっても、たいして辛くなかったんだ……でもなんでなのかは分からなかった。けどすぐ分かった。俺にとって、ミーはその人じゃねぇんだって。ただ、なんだろ。しっくり来る言葉がみつかんねぇけど……とにかく、突然気付いたんだ。なんか違うって」
「そんなこと、一言も言わなかった」
「ああ。それは……だってあの頃、チーと俺の共通の話題はいつもそれで。なんか繋がりが欲しかったっていうか……けど俺嘘はついてねぇから。もういいんだって、言ったろ?」
 そう言われたら、そうだったけど。どうせただの強がりなんだろうと思っていたから、あたしは真剣に聞いていなかった。
「俺がはっきり気持ちを確信したのは、あん時だ。チーが家で泣いてた時……チーに背中向けられて。別 に俺がチーを支えたいとか、そんなヒーロー気取りだった訳じゃねえよ。けどチーに閉め出されたのがほんとに情けなかったし辛かったんだ……それで初めて、俺はチーのこと意識し始めて……ずっと目で追ってた。そしたらすげえ実は綺麗な顔だとか、けっこういい胸してんじゃねぇ? とか、」
「ロッシッ?」
 あたしは顔から火が出そうになって遮った。
「からかわないで」
「いや、俺べつに冗談は言ってねえよ。ほんと、まだあるけど、聞く?」
「いや、ううん。もういい」
 ロッシの顔は真剣だった。あたしはこんなふうに男の人からストレートに口説かれたことも、褒め言葉を浴びせられたこともなくて、どうしていいのかわからなくなってしまう。

 
 

#14#16

 
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