「……とにかく。それから、チーのこと好きだって。すぐに分かった」
「そんなに、前から?」
あたしはロッシの目を見た。本当に冗談でも嘘でもなかった。
「ああ、そうだよ」
あたしの握り締めた両手をロッシの手が包む。
「だから分かるか? 俺は半年も前から、チーだけを好きだった」
その言葉はじんわりとあたしの中に染み込んでいく。
「俺と付き合ってくれる?」
ロッシはあたしの目を真っ直ぐに見て言う。あたしはゆっくり頷いた。
「ほんとにいいのか?」
ロッシは念を押す。奥まったきらきらした目で。まるで子犬みたいだ。
「いいよ、あたりまえ」
あたしはベンチをから降りてロッシを抱き締めた。
「すげぇー……俺初めてかも、片想いが実ったのなんて」
ロッシが感慨深げに呟いて、あたしは思わず吹き出した。
「笑うけど、分かってんのか? 俺がチーを好きんなってから、二人も男が出て来たんだ。俺があのドラムスがどんなにかっこいいかとか、そんなの聞いて楽しかったと思うか?」
そう言われて、あたしは思わず固まった。
「俺の心はびりびりだよ」
ロッシは冗談ぽく芝居がかって嘆いた。
「で、でも失恋したからよかったじゃない」
あたしは笑いながら言った。
「ばか、誰が好きな奴の不幸を願うんだよ?」
ロッシは真剣な顔でそう言った。 そっか……そうなのか。あたしはその言葉を噛み締めて、またにやついた。
「それに昔の男だって出てきたし。それに、なあ、」
ロッシが片方の眉をつり上げて、あたしはハッとした。
あの日あたしは酔っていて、それにみんなに自分をもっと知って欲しい病にかかっていて、言わなくていいことまで全部ロッシに話していた。川瀬さんのホテルに行ったことも。
ロッシはその時もずっとあたしの話を聞いてくれた。一体どんな気持ちでいたんだろう。
「あ、いや、その」
そう思うとなんて言えばいいのか分からなかった。
「いいよ別に、前のことをとやかく言うつもりはねぇから。けど、分かったろ? 俺の苦労も少しは」
あたしは何度も頷いた。
***
あたしたちは幾度となくキスとハグを繰り返して、時間を過ごした。
地下室の床に敷いた毛足の長いピンクのフェイクファーのラグに座っているロッシは、笑えるくらい不似合いだったはずなのに、今は可愛らしくさえ思えてしまう。
「なあ? ほんっとによ、1週間で戻って来んだよな?」
あたしはさっきから何度も同じ事を聞くロッシの腕を軽く叩いた。
ロッシはさっきからずっとあたしのジーンズに空いている、太ももの穴を指で弄くっている。
「ほんとだって、1週間なんてすぐだよ?」
「うん」
そう言ってロッシは俯いた。あぐらを掻いて座るロッシが、まるで駄々をこねる少年みたいに見える。
たった1週間あたしに会えないことが、そんなに重大な事なんだろうか?
きっと、そうなんだ。そう思うと、そんなことあり得ないと思うと同時に、胸がぎゅうっと掴まれる感じがした。
「なあチー?」
「ん?」
「ずっと思ってたんだけどよ」
「ん?」
ロッシがふいに顔を上げた。その顔がさっきほど落ち込んでいるようには見えなくてほっとした。
「このジーンズさ。セクシーだよな。いつか言おうと思ってたんだ」 ロッシは満足げにそう呟いた。
「はい?」
ロッシは満足げに頷いている。
「どういう意味?」
3年前から履いていて、かなり色落ちがして膝がすり切れて、ミミコがダメージジーンズ風にしようよって言って腿を破いたら、思っていた以上にぱっくりと割れて、本当にただのボロボロのダメージジーンズになってしまった、このディーゼルのジーンズが?
それでもなんとなく愛着が沸いてしまっているし、持っているジーンズの中で一番履き心地がいいから大切にしてはいるけど。
「だってさ、太ももがちらちら見えて、チーの足って白いな、とか思って」
ロッシは逃げるようにあたしから視線を外して呟いた。
「そんなこと思ってたのッ?」
「ああ」
ロッシは深々と頷く。
「やらしいね、ロッシ」
あたしはわざとらしく軽蔑の表情を作ってロッシを見た。
「当たり前。男だからな」
ロッシが偉そうにそう言って、あたしは思わず笑ってしまう。
「俺が疲れて暗室から出てくんだろ? そしたらチーが寝てんだよ、ソファで。何回襲い掛かりたいと思ったか」
あたしは目を丸くした。
「チーはさ、平気で俺んとこ泊まるだろ? 正直、ふざけんなと思ってた」
「じゃ、じゃあ、帰れって言えばよかったじゃない」
なんだか腹が立って、突っかかるようにそう言った。
「それは、できねえよ」
「なんで?」
「だって、ちょっとでも一緒にいてえし」
ロッシは小さな声でぼそぼそと言った。
まさしくカウンターパンチで、結局はあたしが恥ずかしくなってもじもじしてしまう。
さっきから何度も同じ現象が起きている……。
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