ロックンロールとエトセトラ  
 

11月 オールオーバーミー
All Over Me/ Graham Coxon

 
   
 #17 メイクラヴ イチコ
 

 ロッシは、この数分の間にどんどん別人になって行く。もう、ロッシとあたしはただの友達じゃない。なにかが変わった。
「でも、それももうちょっとの辛抱だな」
 ロッシはなるべくさりげなくそう言ったつもりだったみたいだけど、全くさりげなくなかった。だけどあたしもさりげなくそれを受け流せるほど大人じゃなくて……。
 あたしたちの間にあったほんの少しの違和感や、必死で守り抜こうとしていた友情のあり方や、自分で縛り付けようとしていたいろんなものがするすると解けて行くのが分かる。
 ロッシに気持ちを伝えると、こんなふうになるとは思ってもみなかった。なにもかもがあたしが想像していたのとは違う方向へ動いている。
 あたしは勢い良くロッシに抱きついた。
「ん? どした?」
 ロッシが驚いている。
「ロッシ。好きだよ」
 あたしも驚いた。そんな言葉が自分の口から出て行ったことに。だけど、すごく自然な感情だった。
「あ、あ? ああ。俺も」
 あたしにも、だんだんとロッシが言う意味が分かってきた。
 明日から1週間もロッシと離れるなんて。やっぱり寂しいかもしれない……。
「ロッシ……ベッド、行く?」
 あたしはロッシの耳元でそう言った。そう言うのが精一杯だった。それでもかなり勇気がいった。顔を見てなんて絶対に言えない。
「え? あ、う、」
 ロッシが予想以上にうろたえているのが分かる。
 やっぱこんなこと自分から言うんじゃなかった! !

「よしッ!」
 そう思った時、突然ロッシが大きな声を出して勢い良く立ち上がった。力持ちのロッシはしっかりあたしを支えて立たせてくれる。
 それから、しっかりとあたしの目を真剣な顔でみつめたロッシの口から出てきたのが『メイクラヴウィズミー』で、あたしは思わず笑ってしまった。
 あたしはロッシの胸に顔をうずめて笑っていた。そうしていないと、泣いてしまいそうだった。
「ミミコに謝らなきゃ」
「なんで?」
「今までミミコか言うのを否定し続けてたから。さっきも、ちょっと意地悪なこと言ったし」
「意地悪?」
「うん」
 あたしは目をきょろきょろと泳がせてロッシの視線から逃げ回って言った。バツが悪い。
「ま、経過がどうであれ、ミーの思惑通りになったんだ。許してくれるよ。な?」
 そう言ってロッシはあたしの髪をくしゃくしゃにした。
 きっとロッシの言う通りだろう。きっとミミコは心の底から祝福してくれる。モモも。そしたら今度こそほんとに泣いてしまいそうだと思った。
「さ、じゃあまずは俺ん家、行く? それとも、先に報告行く?」
 ロッシは天井を指差してそう言った。あたしは少し考えて、ロッシの家に行こうって提案した。
 だって。つき合い出しましたって報告してから、ロッシの家にふたりで出掛けて行くなんて、みえみえすぎて恥ずかしいと思っから。
「じゃ、行く?」
 そう言ってロッシは手を差し出した。あたしはその手を取って歩き出す。
 あたしは、あの、ロッシと手を取り合って歩いている。
 まだ信じられないような気持ちだった。
 地下室から階段を上ると裏庭に出る。
 そこを突っ切って歩いている途中、振り返るとキッチンの窓の中にミミコがいるのが見えた。あたしはやっぱりこんなにも幸せな事を秘密にしているのは勿体ないと思った。
「ミミコッ」
 あたしはおもいきってその窓に声を掛けた。
 ミミコはすぐに気付いて窓を開ける。
「ミミコ、さっきはごめんね、ありがとっ。ミミコが言った通りだったよッ。ちょっと出掛けてくるね」
 ミミコは一瞬あたしのお礼に戸惑っていたけど、あたしたちが手を繋いでいることに気付いて、目を丸くした。
「うん。うん、そか、やったね! ロッシ嘘ついてごめんねっ、いってらっしゃい」
「ああ、んなこといいって。じゃーな」
 ロッシは照れくさそうに頭をぽりぽり掻いた。
 めずらしく晴れた空が最高に澄み渡っていて綺麗で、その空に向かってぴゅんっと立ったロッシの寝癖も、白い息も、温かい手も、なにもかもが全部愛しいと思った。
 あたしたちはにやにやしながら、待切れないようにすごく大股の早足で通りを闊歩する。そのうちあたしたちがこんなにも急いでいる理由を人が知ったらどう思うだろう、とか考えるとおかしくなってきて、笑いが込み上げてきた。 「なに笑ってんだよ?」
 そう言うロッシも笑っていた。
 あたしたちは馬鹿みたいにあははえへへ、と笑いながらメイクラヴするためにほとんど小走りになって急いだ。

 

11月 オールオーバーミー
サントラ/All Over Me/ Graham Coxon
(了)

 
 

#1612月#1

 
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