チコの家から電話が掛かって来た。
そんなのは初めてのことだった。チコは家に一度も電話を掛けたことがないし、お父さんと元からうまくいっていなかった上に、渡英を大反対されてしまった。
だから、家出同然でこっちへ来ていた。
チコは仕事でいなかったから、あたしが用件を聞いた。
やっぱりただ事じゃなかった。
チコのおじさんが倒れて入院したと声を震わせたおばさんが呟いた。電話から緊張が伝わってきて、あたしの心臓は嫌な感じに鳴った。
あたしはすぐにノーワンエルスに電話を掛けた。
あんなにおじさんの事を嫌っているって言ってたけど、数分で息を切らせたチコが家に戻って来た。
その顔は強ばっていて、青白かった。
***
「なあミー、チーの親父さんは、そんな悪いのか?」
あたしがフロアにモップをかけていると、ロッシがふらふらと近付いて来た。
今朝あたしがチコのお父さんのことを話してから、少し手が開く度にあたしのところへ来ては、その話をする。
いいかげんに素直になればいいのに。
あたしは心の中で何度もそうくり返していた。
チコのことが心配でたまらないんだ、ってそう言えばいいのに。
ロッシは平気な顔を装っている。もちろん、まったくそれは成功していないけど。
「明後日、チコ帰るの」
「エッ?」
それを聞いてロッシは激しく動揺していた。
「帰るって、またすぐ戻って来るんだろ?」
「……わかんない。チコはそのつもりだと思うけど。おばさんすごく取り乱してたし」
「け、けど、もしチーがいなくなったら、どうすんだよ? ミルレインボウは」
「わかんない、どうなるのか。今は返って来てくれるように願うしか……」
あたしはそこまで一度も顔を上げなかった。ずっと床を見つめていた。
モップを少しだけ前後しながら、ロッシのアディダスのスニーカーに向かってそう告げた……。
だってそうしてないと吹き出してしまいそうだったから。
あたしはロッシに嘘をついた。嘘というより、少し大袈裟に話した。
チコのおじさんは過労がたたって血圧が上がってしまっただけで、少し安静にすればいいだけだった。体調も日に日に良くなっているらしい。
だけど、心細いおばさんがどうしてもチコに一度帰って来て欲しいって言うから、顔を見せに帰るだけで、1週間すれば帰って来る予定になっている。
1週間前まで、チコは毎日ロッシの家に行って、ご飯まで作ってあげたり世話を焼いたりしていた。それもすごく楽しそうに。
どう見てももう付き合っているような感じだったのに、ロッシの写真が完成した途端、二人は何事もなかったみたいにただの友達に戻ってしまった。
というよりも、あたしには2人が一生懸命そう演じているように見えてしょうがない。
それがあまりにもじれったくて、なんとかしたいとずっと思っていた。
そしたら絶好のチャンスが巡ってきた。
あたしの筋書きでは、これでロッシはやっとチコの大切さに気が付いて、心からチコのことが必要だって、そう気が付くことになっていた。
きっと、そうなるはず……。
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