「ロッシはずっとミミコのことが好きだったんだよ」
チコの言葉を聞いて、あたしは固まってしまった。
「え、だって、」
チコの顔を見たら、冗談でしょ? って笑ったり出来なかった。チコはすごく辛そうな顔で微笑んでいた。
「あたしはいつもその相談を受けてたんだから。ミミコがアンディを好きになるよりも前から、ロッシはミミコのことを好きだったんだよ」
あたしは開いた口が塞がらなかった。
「だからいいかげん、ロッシがあたしのことを好きだなんて言わないで。分かった?」
チコは感情を押し殺しているようにそう言った。べつにあたしを責めている訳じゃないんだろうけど、少し棘があるように思えた。
「あ、えと。ごめん」
あたしはなんて言っていいのか分からなくて、そう呟いた。それが本当なら、今まであたしはなんて無神経な発言を繰り返していたんだろう。チコはロッシを好きだってさっき確信したって言ってたけど、ほんとはもっと前からだったんじゃないかと思う。
「なんでミミコが謝るの。はは、びっくりした?」
チコが笑って、あたしは何回も頷いた。チコがあたしを気づかってわざと冗談めかして言ったのが、手に取るようにして分かってしまった。
あたしは心の中で自分を責めた。あたしはどこか思い上がっていたんだ。
自分と同じように、みんなも幸せになればいいって。そうなるに決まってるって。自分が背中を押せばうまく行くんじゃないかって。
なんて傲慢だったんだろう。
だけど、いくら思い返してみても、ロッシがあたしのことを好きだっただなんて、信じられなかった。
それ以上なにを言えばいいのか分からなくなってお互い黙ってしまった時、ちょうどチャイムが鳴った。
「ミミコ、出て来てよ」
チコがいつもと同じ笑顔でそう言ったから、あたしもいつもと同じように、しょうがないな、って答えてチコの部屋を出た。
それでも諦めきれずに、階段を降りながら、ドアを開けるとハアハアと肩で息をしているロッシが立っていて、チコを抱き締めに行くんじゃないかって想像した。
だけど、やっぱり現実は簡単に想像を打ち砕く。
「なに? 僕じゃ不服そうだね」
ドアの外に立っていたのは、ロッシじゃなくてアンディだった。
***
「だから、あんまり首を突っ込まない方がいいって、言ったのに」
アンディはあたしの話を聞くと、ため息混じりでそう言った。あたしは自分がした事からさっきチコに言われた事まで、全部を話した。
「うん……ねえ、アンディはまさか、知ってたの? ロッシの気持ち」
「なんとなくは。最近はよく分からないけど、何ヶ月か前は、確実にミカコのことを好きだったよ」
あたしは最後の望みを断たれたようにがっくりとうなだれた。さっきまで満ちあふれていた自信は、もうどこかへ行ってしまった。
「それに、ミカコは他人の事に干渉しすぎだよ。友達想いなのはいいけど、みんなに自分と同じ主観を押し付けるのは良くない。ミカコから見たらじれったくても、それがふたりのペースなんだ。乱すのはよくない」
「うん。うん、分かってる。さっき、自分でもそう思った。かなり思い上がってたと思う……ほんとばかだった」
あたしは自分で言いながら泣きそうになった。
自分でも思ったのと同じことをアンディにまた言われたからじゃない。ただ本当に情けなかった。
ずっと前にももちゃんと話したはずだったのに。お互いのペースとか距離を認めるのも友情だって。なのに、それすらすっかり忘れて、あたしは自分の主張をぐいぐい押し付けてしまった。
その時アンディの手が伸びて来て、あたしの腰を引き寄せた。あたしはアンディの肩に頭を預けて、地下室から響いているチコのドラムを聞いていた。
「それにもしミカコが言うように彼がチーのことを好きだとしても、何もしないかもしれない」
「えっ? 日本に帰るって聞いてもっ?」
あたしは驚いて頭を起こしてアンディを見た。
「うん。だって、チーが帰るのは家の事情で仕方のない事だし、引き留めるのが一番だとは限らない」
アンディはあたしが考えもしなかったことを言い出した。
「そんなこと、ちっとも考えなかった……」
「だけど僕は。ロッシが奥手でミカコが鈍感で助かった」
「それ、けなしてるの?」
あたしがむっとするとアンディは笑った。
「いや、おかげで僕にもチャンスが巡ってきた」
そう来るとは思っていなくて、あたしはアンディの綺麗なブルーグレーの目をぽーっと見つめた。
「もしも、ミカコがどうしても日本に帰らないといけない時が来たら……」
アンディがあたしと目を合わせたまま言った。あたしは息を呑んだ。さっきからずっと聞いてみたかった。
「僕はついて行くよ」
「へっ?」
アンディは微笑んだ。
「僕の仕事はどこでも出来るし、外国で暮らしてみるのもいい経験になる」
アンディは真顔でさらっと答えた。あたしは嬉しくて、なんて言っていいのか分からなくてアンディにぎゅっと抱きついた。
こんな馬鹿でも許してくれるアンディはやっぱり最高の人だと思った。
その時、小さく聞こえていたドラムの音がぴたっと止んだ。
あたしは耳を澄ませた。何も聞こえない。だけどチコがドラムを叩き出してから15分と経っていない。
「ミカコが正しかったのかもな」
アンディがあたしの頭の上でそう呟いた。
あたしは少しだけほっとしてアンディの胸に顔をうずめた。
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