フロアでDJがロックを掛け始めた。
いつもなら、すぐにフロアに飛び出すけど、今日はそうしなかった。
あたしは、店の一番後ろにある、すこし高くなった音響ブースに入った。デイヴィスは今休憩に出ていて、いま回しているDJの友達が照明の機械を操作していた。軽く笑顔を交わすと、彼がいるのと反対側の隅に立って、フロアを見渡した。
ここからなら小さな店内が全て見渡せる。さっきまでライブが行われていたステージに、ブースができて、今はそこにDJがいる。
さっきフレデリックが話したことが、ぐるぐると頭を回っている。
フェス、アルバム、デビュー……夢みたい。
初めてあのステージに立った時を思い出していた。怖かった。
なにも上手くいかないかもしれない、自分に力があるのか、本当はわからなかった。
だけど、あたしには自分を信じることしか出来なかった。
大丈夫。そうやっておまじないみたいに強く思うことでしか、強くなれなかった。いくら練習しても満足できなかった。
大丈夫だよ、なんて人には簡単に言えるのに、本当はずっと自分が一番不安だったのかもしれない。
なにもうまくいかなかったら?
こんなに平凡なあたしに、なにができるっていうの?
そういう不安にいつも胸を締め付けられていた。
今その思いは小さくなってはいるものの、片隅で眠っているだけで、またひょっこりと顔を出すにきまってる。
だけどもう絶対に、高校生の頃にももちゃんに憧れていた時のような、傍観者には戻りたくない。
「探したよ」
耳元で声がして、後ろから温かいアンディの胸に包み込まれた。
「どうした? 元気ない?」
アンディが心配そうに見下ろしていた。
「ううん。いろんなことがあったなあって、思い出してただけ……あ、さっきアンディに襲われたから元気がないんじゃないよ」
あたしがそう言うとアンディは笑った。
これから、何度つまづいて落ち込んだとしても。
あたしはずっと信じてやっていくしかない。今までそうしてきたように。
自分や、ミルレインボウや、そしてももちゃんとチコを。
「ミカコになら、できるよ」
ふいにアンディが耳元で囁いた。
できるよ。
その言葉は血管の中を通って、ぐんぐんあたしの体中を巡っていく。アンディの言葉は、魔法だと思う。
「うん……そうだね、自分でも思うよ」
突然、いつもみたいな根拠のない自信が湧いてくる。
……ううん、根拠ならちゃんとある。あたしには、ももちゃんとチコっていう最高の親友とメンバーがいる。それにあたしを応援してくれている、最高の彼氏だって。
ふたりの演奏も歌も、それにももちゃんが作る曲もあたしが作る曲も、最高だもん。あたしのベースは最高、とは言い難いけど、前よりは確実によくなってるってみんな言ってくれるし、自分でもそう思う。
その時、聞き覚えのある曲のイントロが鳴った。
ワナダイズの『might be stars』だ。
勢いよくアンディを見上げると、彼は微笑んでいた。きっと、リクエストしてくれたんだ。この曲はミルレインボウのテーマソングだから。
自分なんてこんなものだ、って。
高校生の時、そう思っていたはずだった。冴えなくて平凡で退屈で。自分にはなんの力もないんだって、そう思っていた。
そんなの全部、完全に間違ってた。
今なら、信じられる。
あたしたちだって、もしかしたらロックスターになっちゃうかもしれないじゃない?
あたしにだって。
できるよ。
ロックンロールとエトセトラ
12月 sound track
might be stars/wannadies
(了)
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