ロックンロールとエトセトラ  
 

12月 マイトビースターズ
might be stars/ WANNADIES

 
   
 #5 スターズ モモカ
 


「僕はジャイブレコーズでプロデューサーをしてるんだ……で、率直に聞くけど、君たちプロになる気はあるか?」
 あたしは一瞬呆然として、なにも言葉を発することが出来なかった。
 だけど、ミミコとチコが声を合わせて返事をしてくれた。あたしも慌てて頷く。
 ジャイブレコーズは、ニットキャップスやノーキングが契約している大手のレコードレーベルで、そこのプロデューサーが、あたしたちに話をしている……もちろん、これはただの世間話だけど……。
「いいかい、あまり時間がないから手短に話すよ。今夜のギグを見て僕はすごく君たちを気に入った。紹介されて来てみたんだけど、正直こんなにいいとは思っていなかった」
 フレデリックは早口で話し続ける。あたしは一言たりとも聞き逃したりしないよう、彼を穴が開くほど見つめていた。
「来年、ジャイブは新しいレーベルを立ち上げるんだ。もっと若くてフレッシュなバンドをたくさん発掘する為だ。ヤミーヤミーレコーズっていうんだけど。僕はそこの実質上の責任者に内定してる。だから今、こうやって情報を集めてはギグに足を運んでる……で、今すぐ君たちと契約する訳じゃないが、まあ近い未来そうなると思う。もちろん君たちが良ければね」
 あたしは息を飲んで固まっていた。ジェイミーがあたしの強く握りしめた拳をそっと包んだ。ミミコもチコも黙っていた。ふたりもあたしと同じように、驚きとショックで何も言えないに違いない。
「来年の6月、ブライトンで新しいフェスが誕生するんだ。うちとイベント会社のモーゼスが組んで立ち上げることになってる。『アイ・スクリーム05』だ。で、君たちにそこへ出てほしいんだ」
「フェスッ!」
 そこで初めてミミコが裏返った声を出した。
「3デイズで、今決まってるヘッドライナーはノーキング。あとキャップスからは返事待ち」
「出るよ! 絶対出る!」
 ジェイミーは勢い良く答えた。
「あとはまだ交渉段階だがプライマルスクリーム、ブラー、REM、レディオヘッド、それからアメリカとスウェーデンのバンドにも声を掛けてある。まだ知名度が低いからどうなるかは正直分からないんだが、感触はけっこういいんだ。だからいい返事がもらえるんじゃないかと踏んでる……で、僕は今日のギグを見てぜひミルレインボウに出て欲しいと思ってる。実際、アルバム契約も結んでない状態でのオファーなんて異例だし、もしかしたら無謀なのかもしれない。だけど、僕は君らに確かな力を感じたんだ。こっちはさっき上に通 してOKもらってる。だから、あとは君たちの気持ちだけなんだ」
 頭の中で今フレデリックの言ったバンドの名前がぐるぐると回っている。
 ……すごい……すごい…… 『やったあッ!』
 初めて3人とも大声を出した。
 フレデリックはやっと安心したように笑顔で頷いた。
「君たちマネージャーは?」
「いないよ」
「じゃあ、直接話をすればいいんだね。来週にでももっと詳しく話をしよう。何度かギグを見て、他にも見せなければならない人がいるし、デモのレコーディングも必要だ……これから忙しくなるよ」
 フレデリックはプロデューサーの顔であたしたちの顔を順に見た。
 あたしたちはそれぞれに、しっかりと頷いた。あたしたちにフレデリックの申し出を断る理由なんて、ある訳がない。
「すごいっモーモ、やったね!」
 ジェイミーはあたしを後ろから抱き締めてこめかみにキスした。
「あ、おい、じゃあ彼女がガールフレンドなのか?」
 フレデリックは目を丸くしてジェイミーとあたしを交互に見る。
「うん。僕の彼女、最高だって言ったろ?」
「ああ……だな、最高だ。こんないいバンドならもっと早くに教えてくれればよかったのに。知ってたろ? 僕が今バンド探しに走り回ってんの」 「ああうん。そうしたかったんだけど。できなかったんだ……」
 ジェイミーは困ったような笑顔を浮かべてあたしを見下ろしている。
 ジェイミーは今までにも、あたしたちをレコード会社のプロデューサーに紹介したいとかデモを録音できるスタジオのスタッフの人を紹介するとか、その他にもたくさん、ニットキャプスのバックステージにおいでよとか、MTVのヨーロッパアワードのレッドカーペットを一緒に歩こうとか、夢の中の世界だとしか思えないような提案をたくさんしてくれた。
 現実的な話だと思おうとしても、頭がくらくらしてよく考えられなかった。
 とにかく、あたしはそういったジェイミーの申し出を断り続けていた。もしもそれがきっかけでデビューできたとしても『あの、ニットキャップスのジェイミーの彼女のバンド』みたいな触れ込みがつくのが簡単に想像できる。そんなのはあたしたちが望む形とは違うと思った。
 そのことをジェイミーははがゆく思いながらも、理解して尊重してくれていた。
 その話をニットキャップスのメンバーにジェイミーがしたことで、どうしてかあたしの彼女としての株が急上昇したらしくて、メンバーがあたしに会いたがってくれているらしい。
「……でも、よかった。気付いたんだろ? あれ置いたの僕なんだ」
 ジェイミーは得意げな顔でフレデリックに言う。
「え? あれって、なんだよ?」
 フレデリックは首をかしげる。
「え? あれ、車のダッシュボードにミルレインボウのデモ入れといたんだけど……それに気付いて来たんじゃないのっ?」
「え? いや、それは知らないな、後で見てみるよ」
 フレデリックは笑ったけど、ジェイミーは思いっきりがっかりしていた。だけどなんとかあたしたちの役に立ちたくて、必死で考えた結果 がその行動だったんだろうと思うと、ジェイミーが愛しくてたまらなかった。
 それからフレデリックはミルレインボウのどこが気に入ったのかを具体的に述べ始めた。
 ブリリアントとかファンタスティックとかアメージングとかの形容詞を使って誉められて、あたしたちは熱に浮かされたようにぽーっとなって、恋するようにフレデリックをみつめていた。
「でもさ、世間は狭いっていうかなんていうか。あんなしつこくノロけられたジェイミーの彼女がモーだろ? で、ミーはイアンの友達なんだろ? 奴がいいって言うバンドは確かに外さないけど、僕がきっと気に入るはずだって言われてさ。で、今日来てみたんだ……それにあのリチャード・ベネットの店で働いてるんだろ? チーは」
 隣に立っているミミコがビクッと体を震わせたのが分かった。向かいに立っているチコがミミコを伺うように見ている。
「なあフレディ、リチャードって…」
 ジェイミーがそう聞こうとした時、フレデリックの携帯が鳴った。
「ごめんもう行かないと。じゃ、来週必ず連絡するから。またな、ジェイミー」
 そう言ってフレデリックは電話に出ながら足早に出て行った。
「そういえばさ、ミーって」
 ジェイミーが口を開きかけたから、あたしはそれを慌てて遮った。
「ロッシにも報告してお祝いしようよッ!」
 ジェイミーにはミミコとイアンの話は何もしていないし、これからだってするつもりはない。
 ミミコは微妙な顔で立ち尽くしていた。
 泣きたいのか笑いたいのか、ミミコが今何を思っているのかさっぱり分からない。
「ミカコ、ちょっといい?」
 ずっと黙っていたアンディがそう言うと、ミミコの手を引いて歩き出した。チコと目が合った。アンディに任せておけば大丈夫だろう。あたしたちの意見は一致していた。
 あたしたちはロッシとベンに報告をした。
 ロッシは興奮してカウンターから飛び出して来ると、チコをひしっと抱き締めて逃がさないよう押さえてから、熱烈なキスをした。
 チコは怒っていたけど、あたしもジェイミーも大爆笑だった。

 
 

#4#6

 
  もくじに戻るノベルスに戻るトップに戻る