あたしたちの意見はぴったり一致した。
メンバーを一人増やそう。もしあの子が入ってくれるなら。
条件は女の子。
それだけで、たったひとりに絞れた。だってあんなに心を奪われたドラムスは今までに一人もいなかった。
それからあたしたちはザ・シェイカーズのライブを続けて5回見に行った。
それも隠れて。根が小心者なせいで、緊張して声を掛けられなかった。ましてメンバーの前でなんて恐くて出来ないし、一緒にロンドン行かない?なんて切り出しても笑い飛ばされるかもしれない。
ライブを重ねる程あたしたちは彼女のドラムが大好きになった。
だからこそ、慎重に進めなきゃいけない。不安は募るばかりだった。
彼女に断られる理由はいくつか考えられた。
第一の理由はシェイカーズにはファンがたくさんいて、インディーズのレーベルからCDまで出しているということ。
そんなバンドを抜けて一緒にやってくれるなんて、ありえない。
第二の理由は音楽性の違い。ミルレインボウはノンジャンルに近いロックだけど、シェイカーズは完全なミクスチャーバンドで、好きなものが違い過ぎるっていうことがあるかもしれない。
ミルレインボウでは、好きだと思ったらなんでもやってみる。だから特定のジャンルには納まらない。だけど、それってたぶん他のバンドとは違う。
特にミミコは不安がっていたけど、あたしは、なんだかあのこに前のあたしと同じ匂いを感じていた。だからもしかしたらあの子は一緒にやってくれるじゃないかと思っていた。
ミミコには言わなかったけど、あたしはそう信じていた。
というよりも、そう信じたい気持ちでいっぱいだった。
そしてついに、あたしたちは6回目のスパイ活動で勝負に出ることにした。
「ドラムさんっ」
黒いTシャツにリーバイスの背中に勇気を出して声をかける。背はあたしよりも10センチ近く高い。しっかりした骨格に手も脚もすらっと長くて、まるでモデルみたいにスタイルがいい。
振り返った子は、鼻まである前髪を払うとあたしの顔を見た。
「久しぶり」
ミミコも言う。
彼女は一瞬考えて、すぐに笑顔になった。あたしたちの事を覚えてくれていたのは意外で嬉しかった。出番前なのであたしたちは軽く挨拶を交わして、遅ればせながらの自己紹介をした。彼女の名前はサイトウイチコちゃん。
演奏が終わったら、あたしたちはデモテープを渡して、本題に入るつもりだった。それなのに……。
あたしたちは、肩を落としてバーカウンターに向かった。
「はあーあ。残念。いや、残念じゃないんだよね、あの子がデビューするんだから、いいことなんだよね」
ミミコは何十回目かの溜息を漏らすと、自分に言い聞かせるように言った。
「そうだよ」
あたしも形だけの同意を示した。ふたりとも本当にがっかりしていた。
だけど、このライブハウスの中でがっかりしてるのなんて、あたしたちだけだと思う。
周りでは、みんなが祝福ムードだった。
ザ・シャイカーズがメジャーデビューしてしまう……
ガタンッガゴッ トイレの3つ目の個室から、物がぶつかる大きな音がしてミミコと顔を見合わせた。その音は何回も何回も続く。
「何?」
あたしたちは恐くなった。だけどそれと同時に心配にもなってきた。女子トイレだし、まさか誰か襲われてるとか?あたしたちはひそひそ声で相談して、声をかけてみた。
「あの、大丈夫ですか?」
ノックして声を掛けてみる。反応はない。この個室は普通よりも、ドアの下の隙間が広く開いている。そこから少し覗いてみた。すると、地べたに座り込んでいる足が見えた。酔って立てなくなったのかもしれない。
「大丈夫?開けて、ねえ、」
ミミコが呼び掛ける。反応はない。
「大丈夫、」
何回目かの呼び掛けでやっと反応があった。くぐもった声。でも意識ははっきりしてそうで、安心した。
その時、ミミコがあることに気付いてあたしの腕を掴んだ。あたしも気付いて息を飲んだ。コンバースオールスターのブラックレザーに、裾のボロボロになったジーンズ。
「イチコちゃん?だよね?」
ミミコがおそるおそる声を掛けた……あたしたちはその無言で、彼女だと確信した。
「だれ?」
あたしたちが途方に暮れかけた時、やっと中から声がした。
「あの、ミミコとモモカだよ。イチコちゃんだよね?」
また無言が続いた。ずっと、ずうっと。
だけどあたしたちは、やっぱりどうしても立ち去れずに、ずっとそのドアの前に息を飲んでしゃがんでいた。
どのくらい時間がたったのか、覚えていない。
ドアが開いた。
そこから、彼女はゆらゆらと出てきた。
「うそ……やだ。なんでまだいるのよ?」
そう言って、腫れた目からまた涙をぽろぽろこぼした。
「え、うそ、どうしたの?なんで泣いてるの?」
そして。
あたしとミミコが差し出した手を、彼女は掴んでくれた。
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