ロックンロールとエトセトラ  
  第1章 オトメとエトセトラ-18  
   
   2003年 4月 イチコ  
 

「じゃあ、ジャムのアレっぽくドコドコドコジャーンってチコがやってあたしがダダーッてやる、っていうのはどう?」
「いいかもっ、やってみる?」
 モモがあたしの方を見る、あたしは頷いてワンツーと声をあげてから、勢いよくそのミミコの言うドコドコドコジャーン、を叩いた。
 するといいタイミングで歪んだベースが宣言通りダダーッと入って来て、そこへモモの柔らかな声が乗ってくる。
 あたしはにんまりすると、そのままドラムを叩き続けた。ミミコがベースを弾きながら、あたしと同じようににやついていた。マイクスタンドから離れられないモモもきっと同じ顔をしているだろう。
 2分半の短い曲が終わると、3人で一斉に喋り出す。

 あたしがふたりと出会ってから一年半。今ではもう曲の事ならたいていニュアンスで通 じるようになった。元々からふたりはこんな調子だったから、あたしがそれになじんだことになる。
 初めは、あまりにも元いたシェイカーズと違い過ぎて戸惑っていた。
 シェイカーズではベースのアラシ君が全権を握っていて、みんながそのアラシ君を信頼していた。だからみんなアラシ君が言ったとおりに演奏していればよかった。
 彼は、時々どうしようもなく傲慢で、プレッシャーがかかると短気な癇癪持ちになる。それ以外はいいリーダーだった。時代の波に乗って、ギターポップバンドだったシェイカーズをメロコアバンドにしたのは彼だしちょうどその半年後にミクスチャーにシフトチェンジしたのも彼だった。
 あっというまにミクスチャーブームの波に乗って、お客さんが付いてきた。  その上メジャーデビューまで果たしたし、今年開催されるフェスに出るらしい噂も耳にした。
 ずっと曲を書いてきたのは彼だ。確かにアラシ君にはプロデュース能力や、不必要なモノを捨てる潔さや、方向転換するフットワークの軽さがあった。

 だけど、あたしはちっともぜんぜん。
 今の100分の1も楽しくなかった。

 必死にその中にいる時は分からなかったことも、外へ出てみると、案外簡単に分かってしまうことがある。
「チコ?どうしたの?」
 我に返ると、ミミコがドラムセットの前に立っていた。
 あたしはミミコに笑顔を返すと、自分の中に溢れるリズムに目を向けた。
「ねえ今の、こっちのほうがよくない?」
 そう言うと、サビに入るきっかけになるリズムを叩いた。ふたりの目の中に星が瞬き出すのが見える 。
『いいねっそれっ』
 ふたりの声がぴったり揃って、あたしたちは大声で笑った。

 ふたりは、霧の中でうずくまっていたあたしに、宝探しの旅の地図を広げて見せてくれた。
 まるで自信と希望の塊で、きらきら眩しかった。
 ふたりが計画をあたしに話してくれた時、なんであたしを選んだんだろうと思ったけど、心臓がぎゅうっと掴まれたみたいに息苦しかった。落ち着かなくて、そわそわしていた。
 そわそわどころか、もうわくわくしていた。
 その時から、もうあたしはふたりが大好きだった。
 まだふたりのことは何も知らなかったけど、そのあたしとは違う強さや素直さ。モモのあたしの気持ちをいつの間にかほぐしてしまった心遣いとか、ミミコの楽しくて気を使わせない空気が心地よかった。
 それに、ほとんど知らないあたしのことを、一生懸命なぐさめようとしてくれた。
 そのふたりからは、同情も哀れみも見て取れなかった。ただ本当にあたしのことを心配してくれているみたいだった。
 それだけでふたりの性格の良さが身に染みて分かった。
 どうしてだかあたしにとって、ふたりといるのがすごく心地よくて自然だった。
 女の子といてそんなふうに感じたのは初めてだった。それも、見た目で苦手だと勝手に判断していた子たちだったのに。
 すごく、すごく楽しいかもしれない。
 素直にそう思った。

 本当は、ほとんどやけくそだった。あたしはまだ何も言われてないけどすぐにもバンドをクビになるだろうし、そうなったらもうドラムを叩けないんだ。そんなの、絶対に嫌だった。

 もうなんでもいい。ここからあたしを連れ出してほしい。
 ずっと前からそう思っていた。
 だからあの時。トイレに隠ってくやし泣きしていた時、ドアを開けてしまったんだろう。ほとんど話した事もないような子たちに、あんなにも弱った自分を見せる事が出来たなんて。今考えても奇跡だ。
 だけど、あのライブハウスのトイレから今まで、やっぱりずっとわくわくしている。

 ミミコとモモはただの共同作業者なんかじゃない。大切な親友で、あたしはふたりのことが大好きで、きっとあたしはふたりを裏切ったり悲しませたりすることはないだろう。確信は持てないけど、きっと。
 こんなふうに誰かのことを思う日が自分に来るなんて、本当に思ってもみなかった。
 そしてそんなことを思っている自分をちょっと気に入っている。
 それにふたりは教えてくれた。いつも扉はあたしの前にあって、どこかへ行きたいのなら、ただ自分が踏み出しさえすればいいんだって。
 そんな簡単なことを、あたしはずっと知らないで生きて来た。
 だけど、もうそんなことはいい。だって、今は知ってるんだから。
 きっとあたしは、これから新しい扉をいくつもいくつも開けて進んで行くだろう。

 そのそばに、いつもふたりがいてくれればいいのに、って思う。

 

第1章オトメとエトセトラ
(了)

 
 

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