ロックンロールとエトセトラ  
 

3月 グッドイナフ
goodenough / dodgy

 
   
  #1 クビ モモカ
 

「俺だって、こんなことは言いたくなかったけど。こっちにも生活がかかってるんだ。それに俺にだって夢があるんだ……分かるよな?」
 ベンは必死でビジネスライクな表情を保とうとしているように見えた。
「うん。分かってるよ、ベン」
 あたしたちは固い表情で頷いた。
 スナッグの定休日の日曜日に、あたしたちは揃ってベンに呼ばれた。チコもミミコも休みだったけど、あたしの仕事が終わるのを待って3人で出向いた。
 ベンに、必ず全員で来るように言われていた。わざわざ休みの日に電話を掛けてきてまで言いたいことなんて、ただ事じゃないと思った。それに、その声の堅さから、きっといい話ではないと覚悟していた。
「これからは、ギグイベントにももっと力を入れたいんだ。だから、機材も充実させるつもりだし、もっといろんなバンドをここで見たいと思ってる。最近だいぶ知名度も上がって、デモテープやブッキング依頼が頻繁に来てる」
 今までスナッグはあくまでもパブで、そのうち金曜日にはライブ、そして土曜日にはオールナイトのクラブイベントを実験的に行っていた。
 だけど、オープンから半年近く経った今、ベンは決心して、もっとイベント面 に力を入れることに決めたらしい。ゆくゆくは毎日ライブをやっているパブにするつもりらしい。  ベンが作りたかった店はそういう店だ。ミミコがそう言っていた。

 平日に仲間と集う為にここを利用していたお客さんは、他へ移ってしまうかもしれない。実際、平日と週末の客層は全く別 だってミミコも言っていた。
 だから、ベンだって必死なことは分かっていた。
 今までは、まるで専属バンドのようにスナッグでライブをさせてもらっていた。だけどあたしたちは力不足だった。
 平日のお客さんを和ませるようなライブも出来ないし、ミルレインボウを見る為に金曜日にいつも以上の人が集まる訳でもない。
 それでもベンはずっと何も言わずにライブをさせてくれた。少しはギャラも出してくれていた。
「ベン。言いたいことは分かったよ。本当に今までよくしてくれたって思ってる。あたしたちが売り上げの何の足しにもなっていないことは分かってる。でも。これで終わりじゃないんだよね?」
 チコはベンの目を見据えて言った。
「あたしたちがお客さんを引っ張って来れるようなバンドになれば、問題ないんだよね?」  チコがそう言って、あたしは伏せていた目を驚いて上げた。
「ああ。そうだよ……出来るか?」
 ベンはまゆをピクっと動かして言った。その目は馬鹿にしてるようには見えなかった。もしかしたら、ベンはその言葉を待っていたのかもしれない。
「あたりまえじゃない」
 あたしたちは力強く頷いた。
 あたしは目を伏せていた自分が情けなかった。

 あたしたちは急いで家に帰ると、ソファに姿勢正しく座って会議を始めた。
「で?具体的な策はあるの?」
 ミミコがチコをきらきらした目で見つめていた。あたしもチコを頼もしく思って、同じ目で見ていた 。
「そんなの……ないよ?」
「え?」
「あるわけないじゃん。たださ、力不足だからもういらないみたいなこと、言わせておけるかって思って」
 チコはソファにふんぞり返ると、そう言った。
「へ?そうなの?」
 ミミコもあたしも思わず吹き出してしまった。いかにもチコらしかった。
 あたしたちは、それから何時間もどうすればお客さんを増やせるかを話し合った。
 確かに、あたしたちは今までのんびりしすぎだった。スナッグで毎週ライブが出来るっていうだけで、ロンドンでうまくやっていけているような気さえしていた。だけど、日本にいた頃よりは少しお客さんが増えたからって、それで満足している場合じゃない。

 だって、あたしたちの目標はワールドツアーなんだから。

 
 

2月-#11#2

 
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