ロックンロールとエトセトラ  
 

3月 グッドイナフ
goodenough / dodgy

 
   
  #3 リッチーとティム イチコ
 

 店には、6人のお客さんがいた。ここに来るお客さんは、みんな耳が肥えていて、新しい物を欲している。
 小さなザリザリっという音が聞こえた後、ギターが優しく響いて耳をくすぐるような優しい声でモモが歌い始めた。
 あたしは息を詰めてミスターベネットを見ていた。彼はカウンターに頬杖をついてお客さんを見ている。
 その時気付いた……微かに、ほんの少し、彼の爪先がリズムを取っている。彼だけじゃない。店にいたお客さん達もじっくりとミルレインボウの曲に聞き入っていた。あたしは嬉しくなった。

「なんで」
 そう彼が呟いた。
「え?」
「なんで今まで持って来なかったんだ?」
「へ?」
「いつになったら聞かせてくれるのかと思ってた」
 そう言ってミスターベネットは笑った。あたしは初めて彼の笑顔を見た。意外とかわいかった。あたしが映画に出ている人だったら『彼ってとってもキュウトなの、』っていう感じだ。
「いいじゃないか」
 髭に覆われた口が、にっと笑った。
「ミスター」
「あと、そのミスターっての、やめないか? リチャードでいい」
「あ、うん。わかった、リチャード」
 あたしは拍子抜けしてしまった。

「なあリッチー、コレ誰? 俺欲しい、買うっ」
 その時、ラモーンズのバンドTシャツを着た男の子が勢い良くカウンターに近付いてきた。常連の子だけど、リチャードと話しているところを見たことはなかった。 「ティム、俺とは一生口きかないんじゃなかったのか?」
 そう言われて、ティムのグレーの目がくりくりと忙しく動く。
「ああ。許した訳じゃないけどそれとコレとは別だよ、まあ、そっちが話したいって言うんだったら、べつにいいけど?」
 ティムは鼻息荒くそう言ってのけた。リチャードは35才。ティムは19か20才くらいだろう。
 あたしは思わず吹き出していた。
「チー、なんで笑うんだよ」
 ティムにそう言われて驚いた。
「え? なんであたしのこと知ってんの?」
「ああ。前に友達がここでそう呼んでた。それにリッチーが君が入ってくれて嬉しいって。よく前にそう言ってた」
「へっ?」
 あたしは思わずリチャードを見た。このボスがそんなこと言うだろうか? いつも無口であたしが話し掛けても、ほとんど会話が続かないし。
「チーはきっと誤解してるけど、リッチーはものすごくシャイなんだよ」
「よけいなこと言うな」
 その言葉を遮るように、リチャードが言う。
「んで? コレ、どこにあるんだよ?俺買うから」
 ティムが思い出したように言う。
「ああ、それか……いいだろ? 俺も気に入った」
 リチャードはあたしの顔を見て意味ありげに笑う。あたしも笑顔を返した。
 なんだか、急に仲間意識めいたものが生まれていた。
「コレだよ」
 あたしはカウンターに積み上げていたデモテープをティムに渡した。
「コレ?……ミルレインボウ? インディなの?」
「いや、インディっていうか、アマチュア……1ポンドだよ」
 あたしはどきどきしながら答えた。
「1ポンドッ? こんなクールなのを、たった! ポンド? 冗談だろ? リッチーもったいないよっ」
 あたしは、気恥ずかしくて口をもごもごと動かしていた。
「本人がそう言うんだから、いいんだよ。な? チー」
「うん、うん、」
 あたしは頷いた。
「……ってことは、コレ、君のバンドなの? すげ、クール! 俺3本買うからッ……いや、ほんと、さすがわざわざ日本から来るだけのことはあるよな、」
 ティムはそう言ってすぐに小銭を出すと、3本デモテを買ってくれた。
「なんで? 3本も?」
「友達にもこういうの好きな奴いるし、あと、彼女に」
「ふうん。メルとはうまくいってんのか」
「ああ、あったりまえ。俺はすぐに彼女に振られるリッチーとは違うんだ」
 ティムはまた皮肉を言う。
「なんだと? おまえだって初めてだろ、3ヶ月以上続いたのなんて」
「ちょ、ちょっと、ふたりともやめてよ。だいたい元は何が原因でケンカしたの? あたしふたりが仲良いなんて知らなかったよ。いつから口きいてなかったの?」
 あたしはふたりの間に割って入った。喧嘩の仲裁をするなんて、初めての経験だけど。
「リッチーが悪いんだ。ストロークスのこと悪く言うから」
 ティムはそう言ってそっぽを向いた。
「だってほんとの事だろ、あんなの格好ばっかのガキだ。そのうち消えるさ」
 リチャードも負けていない。だけどあたしはあまりにも喧嘩の理由が馬鹿馬鹿しくて驚いてしまった。
「ちょっとリチャード、なんかストロークスに恨みでもあるの?」
「いや? ないけど? 俺は正しいことを言ったまでだ」
 だめだめ、あたしは仲裁してる立場なんだから、どっちにも加勢すべきじゃない、けど、
「あのさ、リチャード、ストロークスのギグ見た事あんの?」
「いや? ない」
「あたし日本で見たけどすごいかっこよかったよ。確かに見た目もかっこいいし、女の子のファンもすごい多かったけど。でも、あたしは好きだよ。ちゃんとギグも見たことないくせに。文句言うにしてもファンの前では、俺は好きじゃない、程度に納めといてよ」
 あたしはついついカッとなってリチャードにそう言っていた。
「うへへ、だよな? やっぱ俺は悪くないっ」
 それで、あたしはティムに加勢した形になっていた。
「でもティム、そんなくだらないことでずっとリチャードと口きいてなかったの?」 「く、だらなくないよ」
 ティムは急に鉾先が自分の方を向いて驚いていた。
「くだらないよ。音楽だって、他の事だって、人それぞれ好みは違うもんだよ。リチャードが嫌いでも、ティムが好きな物があって当然なんだから。そういう時は、お互い好みが違うっていうことを認めればいいだけなのに。それがどうしてこうなる訳?」
「あ、ああ」
 ふたりは頷く。
「ほんとの友達なんて、たった何人かしか出来ないんだよ? それを、そんな口論で絶交するなんて、バカみたい。今ここで仲直りして」
「うん、」
 ふたりは口々に悪かったよ、とか言って握手した。
 そのふたりを見て、 あたしは満足して頷いた。

 このことがきっかけで、あたしはリチャードとティムとすっかり仲良くなった。
  本当に、あたしはかなりミスターベネットを勘違いしていたらしい。
 彼はシャイで人見知りだった。
  それに、あたしがバンドをやっているくせに、自分にテープを聞かせようとしないから、内心怒っていたらしい。ティムがこっそりそう教えてくれた。
『リッチー、きっとスネてたんだ』って。

 
 

#24月#1

 
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