ロックンロールとエトセトラ  
 

4月 サヨナラカラー
サヨナラCOLOR/ super butter dog

 
   
  #1 四月五日 モモカ
 

「うん、大丈夫、元気だよ……お店のオーナーもいい人だし。ちゃんとお給料もらってるから……じゃあ、ね?また電話するね」

 4月5日。

 何回過ぎても、この日だけは気分が沈む。ずっと心の奥に押し込めていた黒いもやもやとした煙みたいな気持ちが溢れ出して、それに体中を支配されてしまう。
 結局どうしようもなくお母さんの声が聞きたくなって、電話を掛けた。
 お母さんの声が弱々しくて、やっぱり掛けなければよかったと思った。
 もういいかげん抜け出したいと思うのに。毎年そう思うのに。
 いつになったら安らかな気持ちで、お兄ちゃんの死を受け入れられるんだろう?

 今朝エレンに電話して、仮病を使った。
 エレンにもお兄ちゃんのことは話してあったけど、それでも咄嗟に生理痛が酷くて、なんて嘘をついてしまった。
 なにもする気が起きなくて、あたしは今日が終わるまで眠っていようと決めた。
 カーテンを閉めてベッドに潜ると、ぐっと目を閉じて寝る努力をした。

 夢を見た。
 熱気の立ち込めたステージの黄色いライトの中にいた。
 右側にはミミコ、後ろにはチコ。そして左側にはあたしが出す音に絡むようなかっこいいリフを鳴らすお兄ちゃんがいた。あたしがそっちを向くと、お兄ちゃんはにっこり笑った。
 お兄ちゃんはあたしよりもかなり年下に見えたし、お兄ちゃんもミルレインボウのメンバーだったけど、夢の中では全く不思議には思わなかった。

 目が覚めた時、なぜか気分がすっきりとしていた。
 そしてクローゼットから今まで出すことのなかった、黒いギターのハードケースを出した。
 ほとんど息を止めた状態で留め金を外して、重さのある蓋を開いた。
 最後にあたしがそこへ納めた時と同じように、ギターは静かに眠っていた。

 息が詰まった。
 ひんやりとしていて艶のあるボディを指で撫でた。
 両親がゴミに出した後ずっとセイくんの部屋にあったこのギターを、彼と別 れた後あたしの部屋に持ち帰った。
 ミミコは絶対について行くと言って譲らなかった。
 裏口の前までセイくんはケースを持って来て渡してくれた。その扉の中に招き入れられることはないんだと思うと、身を切られるようなつらさが込み上げて来た。
 だけど、セイくんの後ろめたさと哀れみの混ざった目を見たら、もしもなんてことは、これからもきっとないとはっきり分かってしまった。
 ぎこちなくさよならの挨拶をして振り返った時、少し離れた所で一生懸命こっちを気にしていないふりをしているミミコが見えた。
 ミミコが来てくれて本当に良かったと思った。

 ギターの弦を黄色のクロスで軽く撫でてみると、クロスにえび茶色の筋が出来た。
 弦を張り替えないと使えないだろう。結局セイくんも少しつま弾いてみただけで、ほとんど手を触れず飾っていた。
 あたしはクロスにつや出し用の液体を少し出して、真っ黒いボディを磨いた。セイくんがそうしていたのと同じように。

 スタンドに立て掛けたギターを眺める。それを見て今さら、そこにお兄ちゃんがいるみたいだとは思わなかった。
 あたしは歳を重ねてお兄ちゃんを追い越してしまった。ギターはやっぱりただのギターだと思う。それでも今までそれを自分のギターとして使うことはしなかった。
 それが何十万もする世界で認められている名器だとしても。なにかがそうできないようにしていた。
 だけどさっき目が覚めた時、なんとなく思った。

「使ってみようかな」
 そう呟いたけど、ただ声に出してみただけで本気じゃなかった。
 きっとあたしが今持っているSGともレスポールとも違う音色を出すだろう……
  アンプに繋いだらどんな音が出ていたか、部屋でギターを抱えているお兄ちゃんを思い浮かべても、音色までは思い出せなかった……このギターの音が聞きたい。

 そう思いながら、あたしは新しい弦を手に取った……

 
 

3月#3#2

 
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