ロックンロールとエトセトラ  
 

4月 サヨナラカラー
サヨナラCOLOR/ super butter dog

 
   
  #12 仲直り イチコ
 

 その足で、スナッグに向かった。
 扉を押し開けると、大きな音と熱気が押し寄せてきて、なんだかほっとした。
「あ、チコッ。来たの?」
 ミミコがすぐに人をかき分けて走って来た。
「うん。ね、今日ってミミコ何時まで?」
「えと、11時まで。今日はオールじゃないから」
「ロッシは?」
「ロッシ?」
 ミミコの目がきらっと光る。ライトのせいかもしれないけど、それだけじゃないに決まってる。
「さあ……何時だったかな、カウンターの方にいるから聞いてみたら?」
 ミミコはダイコン女優だ。

 あたしはミミコにさよならを言って、カウンターに向かった。
「ロッシ」
 ロッシの腕を軽く叩く。
 ロッシは勢い良く振り返った後、あたしの顔を見て、固まった。
「ロッシ、あのね、今日話できない?……あの、もし時間があれば、でいいんだけど」
 あたしはロッシに断られるのが恐くて、ビクついていた。
「おう……今何時?」
「今? えっと、9時40分」
「あ、じゃあもうすぐ上がるから、待ってられるか?」
「うん、うん待ってる」
 あたしは何回も頷いた。
 ロッシは、まだ怒っているみたいだったけど、口をきいてくれるってことは、仲直りをしてくれるつもりはあるらしい……よかった。
 店を出て家まで歩く間、ロッシは下を向いてあたしの隣を歩いていた。しばらく沈黙が続いた後、あたしはいたたまれなくなってロッシに声をかけた。
「ロッシ。昨日は、ほんとにごめん」
 ロッシは、あたしの方を向く。あたしは自分を奮い立たせた。ちゃんと周りのみんなと関わって行こう。昨日そう思った。
「昨日……昔の男に会ったの。あたしの初恋の相手……」
 ロッシの顔色を伺う。ロッシは、目を少し大きく開いてあたしを見ている。あたしが恋なんてしたことがあるって、信じ難いのかもしれない。
「でね……その人との恋は、すごくつらくて、悲しいことがたくさんあったんだよね。でもすごく好きだった。だから昨日会ってちょっと、ね。昨日はもうやり切れなくて、消えたい気分だったから……それに、あんなにかっこ悪い所は、見られたくなかった」
 ロッシはまだ何も言ってくれない。
「ロッシ、ほんとごめん。ねえ、許してくれないつもり?」
 ロッシはまだ前を向いて、難しい顔をしている。
「ロッシ……」
 ロッシはやっとあたしの方を向いたけど、顔はまだ強ばったままだった。
「アレ……まさか開けてないだろうな?」
 昨日、ロッシはたくさんのお菓子をうちに放り投げたまま帰って行った。
「まさか。開けてないよ」
 あたしはまだビクビクしながら言った。
 するとロッシはにひゃっと笑った。
「じゃ、許すッ」
 そう言ってあたしの肩をぎゅっと掴んで引き寄せると、頭をがしがし撫でた。
「よかったー」
 あたしも笑顔で答えた。
「で? もう大丈夫なのかよ?」
 そのままロッシはあたしの肩を掴んで歩く。
「うん大丈夫。さっき、もう一回ちゃんと話して来た。あたしのこと、ほんとはずっと好きだったんだって、眩しくて大切で可愛かったんだって。ねえ? 信じられないよね?」  あたしは笑っていた。本当に心が晴れ晴れしている。
「そうか? そう思う奴もいるんじゃねえ?」
 ロッシは左眉をつり上げてそう言った。
「へっ?」
「いたっておかしくないんじゃねえの?」
 あたしは目を丸くしてロッシを見上げた。
 ロッシはあたしの顔を見てまた笑った。
「よかったじゃん。すっきりしたみてえだな」
「うん」

 ロッシの肩ごしに綺麗な三日月が見えた。
 その後家によってお菓子を持って、ロッシの家で呑むことにした。
 あたしは昨日からの延長で、酔うとまたぺらぺら自分のことを話した。
 ロッシは茶化したり馬鹿にしたりせずに、ちゃんと話を聞いてくれた。
「あーあ、あたしほんと馬鹿だよ。ずっとね、自分でなんでもコントロール出来てるって思ってた。だけど、ぜんぜん違ったんだよね? あたしがそう思えるような環境を、ミミコとモモが作ってくれてたんだよね」
 そう言いながら、ソファの背もたれに体を預けて延びをした。
 急に目の前が暗くなって、ロッシがあたしの額に触れた。
「これか?……その傷」
「うん。そう」
 あたしはその手を払い除けたりしなかった。きっと、同じ事を昨日されたらそうしてただろうけど。
 あの傷。父に殴られてテーブルの角で出来た傷。あたしはこれを人に見られるのが嫌で。
 なによりも自分で見るのが一番嫌だった。これがあたしの全てを表わしているような気がしていたから。この傷を見る度に嫌な事がたくさん蘇ってくる。だからずっと隠して来た。
「そか。今までぜんぜん気付かなかったけどよ……けっこう縫ったんだな」
 色は薄くなったけど、縫った跡の盛り上がりはやっぱり消えない。だからあたしはそれをずっと前髪で隠していた。誰かにどうしたの? って聞かれたくなかったから。
「うん。5針だったかな。すごい血が出たよ」
 あたしは笑ったけど、ロッシは笑わなかった。いつのまにかロッシの手がずれて、あたしの頭を撫でていた。ロッシにそんなことをされるのはなんだか照れくさかった。
 だけど、不思議なことに嫌ではなかった。
「傷。消えるといいな」
 ふいにロッシが言った。
「ああ、もう消えないよ。病院の先生に跡が残るって言われたし」
 もう平気なふりはしなかった。
「ああ……いや、こっちの」
 ロッシはあたしの頭から外した手で自分の胸を指差して言った。
 あたしはなんて言っていいのか分からなくて困った。面と向かって労られるのに、まだ慣れていないのかもしれない。
 また鼻がツンとして、それをこらえるのに必死だった。
「なに変な顔してんだよ?」
 ロッシはいつもみたいにガハハッと笑ってあたしの頭を激しく掻き回した。
 ほんとはあたしが泣きそうなのに気付いていたかもしれないけど、そこには触れなかった。
 本当にあたしはいい友達を持って幸せだと思った。
 その後、20袋近くあったフットボールパフを次々と開けてスクラッチカードを削ったけど、結局全部外れていた。ふたりでヤケになってお菓子を食べまくった。

 
 

#115月#1

 
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