ロッシの溜息で部屋が埋め尽くされて行く。その憂鬱な空気に押し潰されそうになる。
「あのさロッシ。なんでここにいるの?」
あたしは、分かり切った質問をいじわるくぶつける。
「なんでって、休みだから」
「で? だから、なんで休みだからって家に来るのよ?」
「別にいいだろ、来たって」
ロッシは精一杯の強がりで答える。ロッシはミミコのことがずっと好きだった。それなのに意気地がないせいで、最近ミミコとドロシアの孫のアンディが急接近しつつある。
そして、ロッシは休みの日がちょうどあたしと同じなのを口実に、うちにくる。
ほんとは仕事に行く前のミミコと会いたいだけなのに。
いつのまにかそれが習慣になってしまって、毎週水曜日にドロシアが来るのと同じように毎週月曜にはロッシがうちに来るようになった。大抵はリビングかダイニングであたしと話してるふりをしながら、ミミコがばたばた準備をするのをにやついて見ている。
それなのに。
今日ミミコには先客がいた。ロッシが来る一時間も前からミミコはアンディと本について話している。実際アンディは不可解なファッションセンスをしているけど、ミミコと趣味も合うみたいだし
『よく見るとぼさぼさの髪の毛の間からのぞく黒ぶちめがねの奥に隠れた顔は、結構かっこいいんだよ。それに、すごい優しいし』
ってミミコが言っていた。
あたしはそんなによく見たことはないから顔は分からないけど、総合的に見て世間的にはおたく風でもモテ系でなくても、今までミミコに紹介されたうさんくさい男達と比べると、かなりいい男に見える。ミミコが今まで付き合ってきた屑たちと比べたら、今度こそミミコはいい人に出会ったんじゃないかな、とすら思ってしまう。
「なあ、ミーはあいつのこと、なんか言ってた?」
ロッシがまた情けない声を出す。
「んー、」
いつもいつも。言ってる。
モモもあたしも、ミミコは完全に恋してるって結論を出した。だけどあたしたちがそう言うと、ミミコはすっかり乗せられて、本人が自覚しないままに、恋を始めてしまう。だからあたしたちはミミコの恋に気付いていないふりを続けていた。
「自分で聞いたら? ついでに俺のことどう思う? って聞けばいいのに」
ロッシは一番長い時間ミミコと一緒にいるし、いくらでもチャンスがあるはずなのに、奥手でなにも出来ないまま友達に納まっている。
ミミコはアンディの事で頭がいっぱいだし、もっと悪いのは、何を勘違いしたのか、ロッシがあたしのことを好きなんだと思い込んでいることだ。
単純に、あたしがロッシとよく一緒にいるからだと思うけど。いくら否定しても、ミミコの想像はふくらむばかり。その時間のほとんどを、自分の話に注ぎ込んでいるって知ったら、ミミコはどんな顔をするだろう?
おもしろそうだけど、今は友情を優先させて黙っている。
ロッシが絶対に言うなって言うから。
「ねえ、ロッシいいの?ミミコには、はっきり言わないと伝わらないよ。絶対に」
今ならまだ、起死回生の逆転チャンスがあるかもしれない。
ロッシは何も答えなかった。自分で持って来たビールを開けて勢いよく喉を鳴らして飲む。
「よし、あいつに遠慮なんてする必要ないよな、ああ。よしっ」
そうひとり頷きながら、ロッシはもう一本缶ビールを開けてあたしに渡してくれる。ロッシはぶっきらぼうな話し方をするけど、意外と英国紳士なんだと最近気付いた。
プルタブを開けてくれたり、ドアは必ず先に通してくれたり、それもただの友達にも、たぶん誰にでも。きっとそれはロッシに染み込んだ育ちのよさで、彼は自然にやってのける。
以前のあたしなら、そういうのが疎ましく感じたかもしれないけど、ミミコやモモと会ってからのあたしは、それを素直に受け止められるようになった。
ぱたんとドアが閉まる音がして我に返ると、ロッシはいなかった。
きっとさっき気合いを入れてたから、下に降りたんだろう。
あたしはロッシの健闘を見届けようとリビングに向かった。
急いで下へ降りていくと、リビングにはミミコの姿はなくて、ロッシがアンディにぎこちなく挨拶しているところだった。お互い共通
点も話題もないだろう。
助け船を出そうかと思った時、丁度ミミコがバスルームから出て来た。
「あ、ロッシ来てたんだ? じゃあ、出る? アンディ」
そうミミコが言うと、アンディは軽く頷いて立ち上がった。
「じゃあ行ってきます。あ、ふたりもこれからどっか行くの?」
ミミコは嬉しそうに聞く。もしそうだって答えたとしたら、ミミコからすればあたしがロッシとデートすることになるんだろう。あたしにはにこにこ笑顔のミミコの心の内が透けて見えるような気がした。
「ううん、行かないよ」
「そうなんだー、じゃあ行ってくるね」
そう言って体半分ドアから出て行くと、また戻って来る。
「あっ、そうだっ、チコが好きそうなビデオあるよ。見てみれば? じゃあねー」
ミミコは満面の笑みで家デートのセッティングをする。ほんっとにかわいい友達なんだけど、残念ながら的外れなんだよね。
「あーあ、ロッシ、ミミコはあたしたちがデートすると思ってるよ?」
「ありえねー」
そう呟きながら、ロッシはソファに沈み込んでうなだれた。
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