勢い良くドアが開いて、ロッシが肩で息をしながら入って来た。
「あれ? どうしたの? 買えなかったんだ?」
ロッシは今日休みで、スーパーで限定発売のスナック菓子を買いに行ったはずだった。
178分の1の確率で、レアルマドリードの遠征試合で対アーセナルのチケットが当たるっていう、すごい行列のできるお菓子らしい。
「ベン、ビール」
ロッシは走って来たのか、息荒くコインをカウンターにぶちまけると言った。ベンは肩をすくめてロッシの前に並々とビールの入ったジョッキを置いた。
他にお客さんはほとんどいない。あたしはロッシの隣に立った。ロッシはベンから受け取ったジョッキをすごい勢いで流し込む。
「ちょっと、ロッシ大丈夫?」
「え? なにが?」
その言葉が荒くて、あたしは目を丸くした。こんなに怒っているロッシを見たのは初めてだった。
「何かあった?」
「ああ……ごめん、いや」
何か言いにくそうに口ごもる。
「どうしたの? お菓子買えなかったの?」
「いや、買った。すげえ量」
「え? お菓子どこに置いて来たの?」
「……」
ロッシは黙ってしまう。
「ロッシ? なに、あたしに話したいからここに戻って来たんじゃないの?」
独りになりたいなら、家に帰ればいいはずだし。
ロッシは煙草に火を付ける。
「あのさ……スナックは家に置いて来た」
「自分の家?」
「いや、ミーの」
「え? あたしの家? 誰か、あ、チコ帰ってた?」
「ああ」
ロッシの声が沈む。
「喧嘩、したんだ? チコと」
ロッシの肩がぴくっと揺れた。きっとそうだと思った。
「ああ」
「どうして?」
「……スナックをチーと一緒に開けようと思って行ったら、チャイム鳴らしても出て来なかったんだ。けどドアが半開きなのに気付いて入ってみたんだ……そしたらリビングから声が聞こえて来て。行ってみたらチーが床に座り込んで泣いてたんだ」
「チコが、泣いてたの?」
チコは、滅多なことじゃ泣いたりしない。きっと、なにかひどいことが起きたんだ。
昨日会ってた人と? 一体誰と会っていたんだろう?
「ああ。それも、声出して、小さな子供みてえに」
あたしにはそんなとこ想像できなかった。胸が嫌な感じに鳴る。
「それで、どうしたのか聞こうとしたんだけどよ。追い払われたんだ。触るな、とか言われてさ……なあ? 俺はチーのこと友達だと思ってたんだ。でも、チーはそうは思ってないのかよ? 俺、俺なんか結構ショックでさ……んで、ひでえこと言っちまったんだ」
ロッシはカウンターに伏せてため息をつく。
「何? 何言ったの?」
ロッシは黙っている。
「俺、頭に血が上って……俺はなんでもチーに話してきた。なのにさ。あんな言い方するから……独りで生きていけばいいじゃん。みたいなことを……」
「馬鹿っ、なんでそういうこと言うのよ」
それは、ずっとひとりで頑張ろうとしてきたチコには絶対に言っちゃいけない事だとあたしは思っていた。
チコはまだ、あたしにも、ももちゃんにも触れさせない部分を持っている。
「で? チコはなんて?」
「いや、俺、そのまま出て来たんだ」
「そんな状態のチコを残してッ?」
「だって、だってよ何ができるんだよ? それに……俺も腹立ってたし」
ロッシは2本目の煙草を指で弄びながら言う。この感じ、あたしにだってわからない訳じゃない。
チコは強がりで、それに本当に強いし少し秘密主義な所がある。いくらあたしが知りたいって願ったところで、やっぱり入らせてはくれない。
「でも。もう怒ってないんだ?」
「……ああ」
ロッシは小さく頷く。
「どうしてそんなに腹が立ったの?」
「……わかんねえ」
ロッシはそう言ったけど、あたしには分かった。
ロッシはすごくすごくチコのことを大切に思っていて、だから、チコに線を引かれて入れてもらえなかったのが悲しかったんだろう。
初めは単純に怒ってたのかもしれないけど、今はきっと自分のふがいなさに落ち込んでるんじゃないかと思う。
だって、このプロセスはあたしだって経験済みだもん。そのことで喧嘩 したことなんかはないけど。
でも、あたしがチコを思う気持ちとロッシがチコを思う気持ちじゃ、きっとなにか違うはず。
ロッシ、やっぱりチコのこと好きなんじゃない。
みんなは違うって言うけど。
絶対そうだよ。
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