ロックンロールとエトセトラ  
  第1章 オトメとエトセトラ-4  
   
   1997年 7月 サイトウイチコ   
 

「あのさ、ドラム叩けるって言ってなかったっけ?」
 地元の中学から同じで、高校のクラスメイトのムネに突然言われた。
「え?」  ムネは期待を込めた目であたしを見ている。
 そんなこと、ムネに言ったことあったっけ?
  それにそんなのはすごく前の話だ。

 シェイカーズは、ムネが先輩とやっているバンドで、女のドラムスがいるんだ。と説得された。
  あまりにもムネが熱心に頼むから、あたしが行かないときっと先輩に怒られたりするんだろう思った。
 あたしはしょうがなく一度練習を見に行く約束をした。どうせあたしのドラムの腕を知れば、みんな帰してくれるだろうと思った。
 だって、意気揚々とドラムを叩いていたのは、小学生の頃の話だ。

 小学生の時に通ってたドラム教室は大好きだった。あたしは週一度のその日が待ち遠しくてたまらなかった。
 なのに、練習スタジオに行くと話が違って強引にスティックを押し付けられた。  合わせるだけでいいからって言われてそうしてみたら、リーダーらしい人に結構叩けるじゃんって言われた。
 実際自分でもそう思った。どうしてだか、あたしの体にはしっかりとドラムの叩き方が焼き付いていた。ムネもなぜか鼻高々であたしのことをみんなに自慢していた。
 そして、なんだかメンバーになってしまった。

 初めは乗り気じゃなかったのに、実際に叩き始めると感覚がどんどん戻ってきて、前と同じような心の底から沸き上がる楽しさに浸った。
 ドラムをやめたのは、中学生になって強制的に入らなければならなかった部活のせいだった。公団の家にドラムセットは無かったし、部活は放課後も土日祝日も奪ってしまった。そのうちにバスケに夢中になって、ドラムの事は忘れてしまっていた。

 いくらお飾りだったとはいえ、ドラムスがバンドの軸になることは分かっていた。それに、ベースでリーダーのアラシ君はあたしがメンバーになることを承諾した途端に、口うるさい先生になった。
 だけどそれについては全く問題はなかった。あたしはすぐに熱くなる方で、のめり込むと部活同様とことんやり抜かないと気が済まない。だから叱咤激励されると、張り切ってしまう。
 女だから、とかそういうふうに言われるのは、昔から我慢ならなかった 。
 男には絶対負けたくない。
 早速腕立て伏せと腹筋を開始して、ひとりでスタジオに入って練習した。
  すごく楽しかった。電車に乗っている時も授業中も、頭の中はドラムのことでいっぱいだった。いつも頭の中でリズムを刻んでいて、気が付くといつも貧乏ゆすりをしている。
 バンドメンバーとも打ち解けて、男同士のように楽しくやっていた。みんなあたしのことを女扱いしないし、それが心地よかった。
 あたしはその夏休みの全てを、ドラムに捧げた。
 練習のない日はみんなでアラシ君の部屋に集まって過ごす事が多かった。それぞれに曲の案を出し合ったり、熱く語ったり。
 あたしには曲作りはさっぱり分からなかったから、ほとんどの時間を、アラシ君のCDとレコードと雑誌の膨大なコレクションを漁るのに費やした。

 あたしはストーンローゼスが一番好きになった。そこからマッドチェスターと言われた時期のバンドを雑誌を参考に集めて山にすると、ひとつずつ鑑賞していくことにした。アラシ君は、コレクションの持ち出しを禁止していた。仲間のほとんど、借りても返さない人間ばかりだったから。

 だからあたしは、とにかくアラシ君の部屋に入り浸って、みんなから離れて大きなテクニクスのヘッドホンを冠っていた。

 その時間とドラムセットの中にいる間だけ、あたしの人生が進んでいくような気がしていた。

 
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