「じゃあ3曲目」
ステージでジャクソンブレイクのボーカルがそう言うと、スティックが2回鳴って、ドラムとベースが速いリズムを刻み出した。
懐かしい、昔あたしが必死に叩いていたリズムだった。
そこに2本のギターが加わって、波みたいにうねる。すると背筋をぞくぞくっとなにかが駆け上がった。
弾かれたようにモモとミミコを見ると、ふたりも同じように目を丸くしてあたしを見ていた。そしてしゃがれ声のボーカルが歌いだした瞬間、みんなの声が重なった。
『かっこいいッ』
あたしたちはステージを食い入るように見つめていた。
かっこいいバンドにはなかなか出会えない。
いくら英語で歌が上手くて演奏が完璧でも、それはただそれだけの事で、あたしたちの求めるかっこいい、はまた別
の所にある。
だけどときどき、こうやってその全部が揃ったバンドに出会える。上手くてムラがなくて、さらにあたしたちの心臓を掴んでぶるぶる揺さ振るような。
あたしたちは息を詰めてジャクソンブレイクが暴れ回るのを見つめていた。
ミミコは吸いよせられるようにベーシストの方へ歩いて行くと、体を乗り出して、彼の足元のエフェクターボックスの中を覗き込んでいた。
ドラムの方を向いていたベーシストは振り向いてぎょっとしていた。
その時ちょうど曲が終わって、我に帰ったミミコはそのベーシストと目が合うと、恥ずかしそうにもじもじしながらこっちへ戻って来た。モモとあたしは大笑いしていた。
その次の曲もジャクソンブレイクは全く外さず、あたしたちの心臓を揺さ振り続けた。
あたしは大きな口を開けて時々何かを叫びながら笑顔で叩き続けるドラムスを見つめていた。あたしまで楽しくなってくる。そんなドラムだった。
あたしたちはその興奮の余韻に浸る間もなく、ステージに上がった。
「お、つかれさまです」
あたしはぎこちない笑みを浮かべてドラムスの人にあいさつをした。
すでに彼はあたしの憧れのドラムスリストのアマチュア部門第一位に輝いていた。だから、少しドキドキしてしまう。
「あ、お疲れ。一緒にやるの、初めてだね」
そう言って彼は真っ白い歯をきらりと輝かせて言った。
「あ、うん。そう」
「じゃ、また後で」
彼はそう言ってステージを降りた。あたしはまだ何もしてないのに、すでに汗をかいていた。
だけど、すぐにはっとしてセッティングを始めた。
あたしは他のドラムスの人よりもたくさんセッティングしないといけない。
だから、あのひとすんごいかっこいい、とか、どんな練習したらあんなドラムが叩けるようになるのか後で聞いていいかな、とか、そんなことを気に賭けている暇はなかった。
ミルレインボウに入ったら、ふたりはそれまでリズムボックスが出していたような楽しい音を欲しがった。
初めはそんなの軟派な感じがして嫌だった。ドラムはシンプルなのが一番だと思っていた。
それに、もう誰かの言う通りに自分のやりたくない事をしたりしたくなかった。だからあたしは首を振り続けた。
ふたりはそれでも諦めずにいろんなバンドのクリップをあたしに見せては、ほらっこの人楽しそう、とか言い続けて、あたしを口説いた。
結局あたしは少し考えを柔軟にすることにした。
一緒にやっていこうって決めたからには、お互いに歩み寄ることも必要だと思った。
だから、まずはカウベルとタンバリンをセットに加えてみた。もちろんふたりは大喜びだった。
その上あたしも楽しかった。
気が付くと、すごく綺麗な音の鳴る金属棒のシャンデリアみたいなのとか、高い音の出るいくつもの小さなシンバル、その上シェイカーズ時代に使っていた逆さシンバルまで引っ張り出して、後はふたりがどこかから見つけてはあたしにプレゼントしてくれる名前も分からない打楽器の数々、気付くとあたしのドラムセットは要塞と化していた。
いつのまにか、それ以外のセットじゃ叩きたくないと思うほどに、愛してしまっていた。
自分の引き出しにあるありきたりのリズムを並べるだけじゃない。選択肢はいつも無数にあって、今までになかったくらい音選びにも悩むようになったし、真剣にもなった。それが、すごく楽しかった。
それに、ミミコもモモも、すごく褒め上手で、あたしはおだてられてどんどん調子に乗る。日本でもいつもライブ前のサウンドチェックに苦戦したけど、今ではマイクをどこにセットすればちゃんと音を拾ってくれるのかも分かるようになった。
サウンドチェックがないことを、あたしたちは不安に思いつつ、少し喜んでもいた。
初めてふたりのサウンドチェックを見た時、あたしは目を丸くした。
難なく楽器のチェックを終えて、マイクチェックを始めた時だった。
「じゃ、ギターの人お願い」
PAさんがそう言うと、モモはおもむろに『アーアー』と声の続く限り唱え出した。PAさんが、はいって言うまで。次のミミコも同じく。ふたりはみんなの視線を痛く感じて苦笑いする。
あたしは思わず笑ってしまった。
ボーカルっていうのは、マイクチェックの時点から俺の歌声を聞いてくれ、と言わんばかりに堂々とハミングしたり叫んだり、慣れた感じでツーツーワンツーワンツーチェックチェック、とか言っているのしか見た事がなかった。
だけど、いかにもふたりらしくて、微笑ましかった。
ふたりとも歌う時とは全く違う声だし、チェックになっているのかも疑問だけど、ライブが問題なく終えられるってことは、大丈夫なんだろう。
だけど、ふたりはなんとかかっこよくマイクチェックできないものか、なんて悩んでいた。
ふと見回すと、いまさらながら、他の3組のバンドが外人のあたしたちを値踏みしようと興味深々なのがよく分かった。
ジャクソンブレイクはまだ好意的に見てくれているような気がした。
だけどあとの2組に至っては、『へえ、どんくらいできんだよ?外人、英語しゃべれんのか?』とか言っているようにしか見えなかった。
いや、落ち着け、そんなこと考えてる場合じゃない。集中だ。
ふと、その中の一人がこっちをじっと見ているに気が付いた。目が合って慌ててそらした。
勢いよくバスドラをキックして、気持ちを落ち着ける。
見てる。まだこっちを見てる。
あのかわいかったジャクソンブレイクのドラムスが、明らかにあたしを品定めしようとしている。喉がぎゅっとなった。
「じゃ、続けて2曲いきます。セットリストの2、5、で」
モモの声が聞こえて、あたしは掌の汗をジーンズの腿で拭くと、気合いを入れてスティックを握り直した。あたしの頭にミミコの声がこだまする。
『大和撫子パワー見せてやろうよ』
ついさっきも言ってたけど。一番ロンドンに憧れていて、あたしたちの中でも一番外国かぶれしてたくせに。3人で大笑いしてしまった。
だけど、みんながあたしたちを色物みたいに見るなら、本当のミルレインボウを突き付けるだけのこと。それをどう思われようと、あたしたちは知ったこっちゃない。
ライブハウスに詰め掛ける200人のおしゃれさんが最高だって叫んだとしても、それが自分の意志で成し遂げたことじゃなければ、本当に少しも嬉しくない。あたしはそれを身に染みて知っている。
ふたりはあたしと曲の頭を合わせる為に集まって来た。ミミコは情けなく顔を強張らせていた。モモでさえも。
「ほらふたりとも、大和撫子パワー出すよ」
あたしがそう言うと、ふたりはぶっと吹き出した。
もちろんそれは3人の中で一番あたしにふさわしくない言葉だ。
あたしは笑うふたりを無視して、スティックを4回鳴らした。
ふたりは一瞬慌てた顔をしたけど、すぐに笑顔に戻った。 そしてすんなりイントロを生み出し始めた。
いつだってそう。緊張して、喉が閉じたみたいに苦しかったり気分が悪くなったりしても、それは楽器を鳴らした瞬間に嘘みたいに消えてなくなる。
だけど、そのリハ一曲目でモモがいきなり弦を切ってしまった。
そんなによくあることじゃない。
少し……いや、かなり……不安がよぎった。
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