ロックンロールとエトセトラ  
 

5月 ウェイク アップ ブー!
Wake Up Boo! / The Boo Radleys

 
   
 #4 運命の審判 モモカ
 

「おつかれっ
 片付けを済ませてフロアに戻ると、音響ブースの中からティムが体を乗り出して手を振っていた。
「ありがとティムっ、なんか、楽しかったよ」
 ティムは、音響のテクニックだけじゃなくて、照明のセンスもかなりよかった。
 あたしたちの気分がものすごく上がる、ミルレインボウ好みのいやらしいライティングだった。
 例えばマゼンダのライトでミラーボールをゆっくりと回してみたり、何色ものライトを順に点滅させたり。
 ライブの出来は、なんともいえないくらい、最低で最高だった。
 お客さんが少しずつ増え始めると、リハ前に感じていた圧迫感はさらに増していった。
 あたしたちは力み過ぎていて、それにかなりビビっていた。だから、初めの2曲はめちゃくちゃだった。途中何度も立て直さなくちゃって思ったし、3人で目配せし合ったけど、とにかく最低だった。
 このままだとまずいことになるかもしれない、そう思った。
 少しずつ入口から入って来たお客さんと同じくらい、人が出て行った。何度も打ち消した恐ろしい未来が頭をよぎった。
 2曲終わった時、ミミコがふいに話し始めた。
 それも、もう限界ぎりぎりの声で。
『こん、ばんわ。ミルレインボウです。日本から来てます。あの、今、ものすごくびびってます。でも、がんばります、えっと、』
 聞いているこっちまで胃が痛くなる。
 だけど、そこでいくつかぱらぱら拍手が聞こえて、口笛が鳴った。
 ジャクソンブレイクだった。その一団が、あたしたちを温かく見守っていてくれていた。
 少なくとも、藁をも掴む気持ちのあたしにはそう見えた。きっと、チコにもミミコにも。
 なんだか、そこでふっきれた。そうだった。あたしたちは日本でだってみんなに愛されるバンドだった訳じゃない。
 ファンになってくれる人は八割めがねで、あたしたちが必ずライブの案内を送っていたのは、友達を含めてもたったの21人だった。だけど、その人たちはものすごくミルレインボウを愛してくれていた。あたしたちがものすごく楽しそうだから、自分も何か始めたいと思った、とまで言ってくれた人もいた。
 だから、あたしたちはどこにいたって、自分達の音を鳴らし続ければいいんだ……そこから、一気に調子が戻った。

「俺ほんっと嬉しいよっ生で聞けて、あ、今あんま時間ないから後でまた話そう」
 そう言ってティムは仕事に戻った。
 それからあたしたちは運命の審判を受ける為ジェフの元へ重い足を運んだ。結果 は分からなかった。後半は良かった。だけど、前半はあまりにもひどかった。今日はただのライブじゃない。オーディションだ。
 もしここで今後の出演を断られたら、またあたしたちは悶々とした灰色の日々に戻る事になる。
 3人とも無口になっていた。
「あ、の、ジェフ」
「ああ、来たか。ミルレインボウ」
 ジェフはあたしたちの顔を順に見回して言う。
「今日は、出してくれてありがと」
「ああ。まずドラムス。チーだな」
「うん」
 チコは浅く頷いた。
「感情に流されすぎ。まあ機械みたいに正確に叩けとは言わないけど、前半はヒドかったぞ。けど基本的には悪くない。今までたくさん練習したんだろ? なのに、メンタル面 で足を引っ張るな。もったいないぞ。自分でも分かってるだろ?」
「あ、うん、分かってる、」
「それからベース。ミーだな」
「うん、」
「音がバラバラだ。リズム感がない訳じゃない、たぶんいい線いってるぞ。けど、もっともっと練習が必要だ。メロディアスな所はよかった。けど、前半は救いようがないくらいヒドかった」
「あ、は、はい」
 ふたりともまるで先生に叱られているように硬直していた。
「それからギター。モーだな」
「うん」
 あたしはものすごく緊張していた。ふたりにも、ジェフはかなり的を射た事を言っていた。ちゃんとあたしたちの音を客観的に聞いていてくれたのが分かる。ただ批判するだけじゃない。だからこそ、何を言われるのか怖い。
「前半に目をつぶれば、ギターは悪くない。歌はよかったぞ。ただ、咽があんまり強くないな。今日も本調子じゃないんじゃないか?」
「うん。ちょっとだけ」
 そう言われてあたしは驚いた。確かに、今朝起きた時ほんの少し咽がイガイガしていた。それに、風邪をひくとすぐに咽をやられる。たった一回のライブでそこまで見抜けるジェフは、もしかしたらすごい人なのかもしれない。
「いーか? ボーカルやってくなら、咽を大事にしろ。それもモーの役目の1つだ」
「うん」
「あと、5弦のチューニングがなんか気持ち悪かった。あればかんべんしてくれ」
「えッ」
 それには3人の声が重なった。やっぱりこの人すごい。
「とにかく。3人ともまだまだ青いけど。俺は気に入った。見てて気持ちのいいギグだった。だからもっと俺を喜ばせてくれよ。どんなスターにだって初舞台ってのはあったんだ。だから、初めてやるハコくらいでビビってる場合じゃないだろ。はっきり言ってうちでやれるレベルじゃない。まだド下手だ。けど、死ぬ 程練習すればかなり良くなる。期待してるぞ」
「え、それって、また出れるってこと?」
 ミミコがそう言うと、ジェフは笑って頷いた。
「あ、やったあ、ありがと!」
 あたしたちはそれから何度も乾杯した後、ジャクソンブレイクのライブを食い入るように見つめた。

 チコがめずらしく、人のドラムスを褒めちぎっていた。

 
 

#3#5

 
  もくじに戻るノベルスに戻るトップに戻る