「で、ちょうどあたしがそこを抜けた時に、ぐにゃって」
「ぐにゃ?」
「あの、えっと、ごめんね、まさか人がいるなんて思わなかったしね、」
「え? あ、分かった踏ん付けたんだ? 僕のこと」
ジェイミーは面白そうに笑う。
「ごめんね」
「ああ、いいって 気にしなくて。そうかそれでか、背中にでっかいアザがあったのは」
ジェイミーは納得したように呟く。
「え? うそ、ほんとごめんね、もう治った?」
あたしがそう言って謝ると、またジェイミーはにっと笑った。
「嘘、冗談だよ。そんなのない」
「え? あ、なんだあー、よかったあ。あ、傷は? もう大丈夫?」
腹が立つどころか、そんなおちゃめなジェイミーを、ますます好きになりそうな自分が恐かった。
「シャツが血だらけで、ほんとに死んでるって思った」
「いや……傷? ああっ、アレかっ」
ジェイミーはひとりで笑いだした。
「え? 何?」
「ごめん、血じゃないよ、シャツが濡れてたのは……ブラッディマリーだ」
ブラッディーマリー?
「え?お酒の?」
っていうことは、あたしが血だと思い込んでいたのは、トマトジュースだったんだ。
「そうそう。きっと倒れた時に被ったんだろうな。ごめんよけいな心配させて」
ジェイミーは笑いながら言う。
「そうなのー? よかった。あたし、すごい大怪我してると思ってた」
「ごめんごめん……さ、続けて続けて」
ジェイミーは笑いながら言う。
「うん。でね、あの、血だらけの死体だと思って。腰が抜けたみたいになったんだけど。でもすぐに息してるのが分かったの。それでうつぶせだったから、髪の毛を分けてみたの。そしたら……」
あたしはそこでもう一度自分に確認を取った。
いいよね? こうしないと絶対に後悔するもん。
「そしたら、うあっニットキャップスのジェイミーだっ、て思った」
「え?」
ジェイミーは黙って目を見開いている。
あたしはそのまま話を続けた。
「すぐに救急車を呼んで、隊員の人には彼女だって嘘ついて乗せてもらったの。でも、そんなこと言ったら迷惑だと思ったから……知らないふりしたの」
ジェイミーはまだあたしを黙って見下ろしていた。気を悪くしたのは一目瞭然だった。
しゅるしゅると心臓が縮んで消えて行く。
「お、怒った?」
それよりも、ストーカーみたいで気持ち悪いくらいかもしれない。
「いや、ただびっくりした。なあんだ、そうだったんだ? そっかー、そうなんだー」
ジェイミーはやっと笑ってくれる。でもその言葉は、自分をなんとか納得させようとしてるみたいだった。きっと今日ここへ、あたしに会いに来た事をすごく後悔しているんだろう。
嫌われたのか、呆れられたのか。
多分そのどちらかで、今日さよならしたらきっと一生会えない。
もうそれは確実だと思う。
それなら、それなりの行動をしなくちゃ……あたしはしぼんだ気持ちをなんとか膨らませた。
こうなったら、いつか会えたら話したいと思っていたことを今全部話してしまおう。ジェイミーが聞きたいのかどうかは別
として。
「あたし、日本からバンドで成功する為に来たの」
「え?」
ジェイミーはまたびっくりした顔をする。
ジェイミーはお兄ちゃんやセイ君と同じくらい、あたしを導いて来た人だった。だからもう会えないかもしれないなら、あたしがここにいるって事を少しでも知って欲しかった。
「ずっとこの街はあたしの憧れだったの。あたしが音楽を身近に感じ始めてからいつか行きたいなって思ってた。もちろん観光旅行かなにかで」
ジェイミーが小さな低い声で頷くのが聞こえた。
「高校生3年の時にニットキャップスがデビューして、初めて聞いた時あたし興奮してすごい嬉しくてどうしようもなくて……気持ち悪くなって、で、吐いちゃったんだよ……興奮しすぎて」
「え?」
今まで黙っていたジェイミーが聞き返した。顔を上げるとジェイミーは口をへの字にしていた。
「いいよ笑って。これ聞いた人はみんな笑うから」
そう言うとジェイミーは小さな声で笑った。
「その頃ギターを始めて2年くらい経ってたんだけど、ちょっと飽きてきちゃって。今思うと、ギターにじゃなくてその頃いたバンドとか状況にだったと思うんだけど……あたし、ジェイミーのギターを聞いて鳥肌がたったの。イコライザーで調節してギターばっかり聞こえるようにして、ずっと聞いてた」
どんなすごいおじさんが弾いてるのかと思ってたら、ジェイミーはその頃まだ20歳くらいで、すごくかっこよくてかわいくて当然すぐに大ファンになった。
「ジェイミーを見てなんて楽しそうにギターを弾く人なんだろうって思った……その頃のバンドでは、あたしは言われたコードを言われたように弾いてたの。ぜんぜん楽しくないって気付いた時に、今のベースのミミコに言われたの。一緒にワールドツアーしない?ってね。それで、いちからスタートしたの」
ジェイミーは何も言わないけど、じっとあたしの話に耳を傾けているのが分かった。
「……あたしは、いつかジェイミーに会いたいと思ってたけど、こんなふうじゃなくて、何かのフェスとかそれとかニットキャップスのオープニングアクトさせてもらうとか、とにかく、同じ立場で会いたかったの。でも、いきなりだったから。嬉しかったけど……こんなんじゃマジックとカメラを持って追い掛けるのと大して変わらないよ」
あたしは言いながら自分の言葉に打ちのめされて行く。
ジェイミーはやっぱり何も言わない。怖いけど、あたしは顔を上げてジェイミーの顔を見てみた。
そしたら、あたしが見るよりも先にジェイミーはあたしの方を見ていた。それも、耳をピンク色にして、きらきらした目をして。
「ねえモーモ? じゃあ、君が遠い日本から来て、今ここで、あんなにいい音楽をやってるのに、僕も少しは関係してるって事?」
ジェイミーは興奮したみたいにそう言った。嫌なんじゃない事は目を見れば分かる。少しずつ、自分の心臓の音が大きくなるのが分かる。
「ジェイミーのギターがなかったら、あたしはきっとここにいないよ」
あの時、ミミコの突拍子もない壮大な計画に踏み出す時、最後の最後に背中を押してくれたのは、ジェイミーだった。
ジェイミーは目標で、それにやっぱりきらきら星で本当に憧れだった。だから、自分が踏み出すことで少しでも近付けるのなら、そうしようと思った。
「ワオ、すごいな」
ジェイミーはもごもごなにか呟いていたかと思うと、いきなり立ち上がって、空に両腕を突き上げた。
「すごいよっ」
そう大声で叫んだ後、奇声を発する。あたしはびっくりしてただジェイミーを見上げていた。
「しっ、声大きいよっ」
その後我にかえってそう言った。もう午前1時をまわっている。
「あ、ごめんごめん」
気が済んだのか、ジェイミーはにかっと白い歯を見せてあたしに笑い掛けた。その無邪気な笑顔を見て、あたしは声を出して思いっきり笑ってしまった。
「なに笑ってんの、だってすごいよ、本当にさ。僕たちの音楽が遠い日本にまで届いて、モーモの人生まで動かしただなんてさ。それに、僕のギターをそんなに聞いてくれてたんだ?すっごい嬉しいよ」
ジェイミーは心から嬉しそうにそう言ったけど、あたしは内心驚いた。ワールドツアーをほぼソールドアウトでこなすバンドにいるのに。みんながあたりまえに彼をすごいって認めてるのに、なんて謙虚な人なんだろう。
「モーモ。ミルレインボウのメンバーに会いたいな。会わせてくれる?」
ジェイミーはあたしの顔を覗き込むと、ソーダ色の目でそう言った。
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