ジェイミーにいくつか質問されて、あたしたちはそれぞれに熱く語った。
嘘みたいだった。
初めの数分間、ジェイミーに後光が射しているような錯角を覚えたくらいだった……あたしはジェイミーと目が合いそうになると、うろたえて視線を泳がせていた。
だって、あの、アノ、ジェイミー・ブラウンなんだから……
でも、彼はいい意味で普通だった。よく笑うしよく喋る。ステージでの暴れん坊ぶりとはまた違った、元気で楽しい人だった。
なんだ、普通に人間だ。
そう思ってからは緊張が解けて、やっとまともに顔を見れるようになった。
途中でロッシが顔を出した。半開きのドアから顔を出したまま、目を丸くして立ち尽くしている。
「え、あ、ええ?」
ロッシはそのままドアを閉める訳でもなく、中に入って来る訳でもなく固まっている。
「友達?」
あたしが早くドアを閉めるようロッシに言った時、ジェイミーはそう聞いて来た。
「うん、そう」
「どうも、はじめまして、ジェイミー・ブラウンです」
あたしが頷くと、なんとジェイミーは立ち上がってロッシに握手を求めていた。
「はじめまして、ロッシ・ローズガーデンです、どうもどうも」
ロッシは鼻息荒くそう繰り返しながら、ジェイミーの右手を両手でしっかり握って、上下にぶんぶん振っていた。
ロッシの名字がそんな乙女チックな名前だとは知らなくて、あたしたちは思わず顔を見合わせた。
ロッシは中に入ると、4人のスツールの輪の中心に入ってあたしの前に座った。
「狭いよロッシ」
あたしは苦笑いした。
「ちょっとだからよ、我慢してくれよ」
そう頼まれて、ロッシのお尻があたしのスニーカーの上に乗っていたけど許してあげることにした。
しばらくして、なかなか戻って来ないロッシを怒ってベンが呼びに来た。でも、ベンもジェイミーと握手して機嫌よくなった。
「あ、あたし用事あるんだった」
それからミミコがまたダイコン女優ぶりを発揮して、ロッシが戻るついでにミミコもあたしもバックルームを後にした。
きっとモモはジェイミーともっと仲良くなりたいだろう。
「もしかして、ほんとにももちゃんとジェイミーが付き合ったりしたら、すごいよね」
ミミコはお得意の妄想を膨らませてさっきから顔が緩みっぱなしだ。
だけど、あたしですら、にやついていた。
「うんほんと。でも、たしか彼女いるんじゃなかったっけ?」
「あ。そうだった、レイチェルだっけ? まだ付き合ってるのかなー」
「どうだろ……ね」
「こんなこと言っちゃ悪いけど……もう別れてて、ずっと気になってたももちゃんに会いに来た、とかだったらいいのにな」
ミミコはあたしが思ってた通りのことを代弁してくれた。
いつのまにか人が増えていて、バー付近も混み合っていた。ベンが怒ってロッシを呼びに来たのも納得だった。
「ミミコいいの? 手伝わなくて。なんか忙しそうだけど」
「うん、今日はいいのいいの。忙しくても働かなくていい、っていう約束してたからね」
ミミコは笑う。
フロアではライブの中休みで、DJがトランスを回している。
ふと、離れた所で頭を振りながら踊っている巨大な影が目に入った。黒と白のボーダーTシャツを着て、長髪に黒ぶちめがねの大男。
背が高くてへんてこな踊りのせいで、誰よりも目を引く。ストロボライトに照らされるその人を、しばらく見ていて気付いた。
あたしは思わずミミコの腕を掴んだ。
「ん?」
あたしが指差す先を見て、ついにミミコとあたしの笑いが爆発した。
「うあっうそっ、ええ〜? アンディー? だよね? あれッ」
あたしたちはアンディが、へんてこな踊りを踊るのを見てしばらく笑い転げた。
あたしは昔見た、子供向けの歴史アニメに出て来た弥生時代の雨乞いの踊りを思い出した。
「ほんっと、アンディかわいいー」
ミミコは目に涙をためながらそう言った。どう見てもかわいくはなかった。だって大男だし、あのダンスのせいでかなり目立っている。
あたしはミミコの顔をちらっと見て、ほんとうにそう思ってそうなのを確認した。
やっぱり、ミミコ恋してるんだよね。
「あ? あれなんだ?」
ちょうど手の空いたロッシがカウンター越しに話し掛けた。
それなのに、ほとんど同時にアンディもあたしたちに気付いて、彼は照れくさそうにこっちへ歩いて来た。
「見てたんだ?」
「うん、見てた」
ふたりは大きな音に遮られないよう、顔を近付け合ってひそひそ楽しそうに話しては、笑う。
気になってロッシの方を振り返ると、ロッシはもう背中を向けてグラスを拭いていた。顔は見えなかった。
「ちょっと、アンディもジェイミーに紹介してくるね」
そう言い残して、ふたりはバックルームへ向かった。
「ロッシ」
あたしはカウンターの中に入った。
「なんだよ? 従業員以外立ち入り禁止だ」
ロッシは冗談ぽくそう言ったけど、悲しそうな顔をしているのかどうかは分からなかった。
「なにそれ」
あたしはカウンターの中からフロアを眺めていた。少しするとバックルームからみんなが出てきた。
ミミコとアンディ、それにモモとジェイミーを眺める。
あたしはふいに沸き上がって来た感情が何なのか分からなかった。
しばらくしてあたしは気付いた。
ああ。あたし、寂しいんだ。
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