ロックンロールとエトセトラ  
 

6月 ユア ソー グレイト
  You're So Great / blur

 
   
 #7 ラッシュ ミカコ
 

 ちょうど出かけようとしている時に、アンディが来た。
「どこか出かけるところ?」
「うんそうなの、買い物」
「そうか、じゃあ出直すよ。とりあえずコレ渡そうと思っただけだし」
 アンディはずっしりと重そうな紙袋を玄関に置いた。どすんっと鈍い音がした。
「え?何?」
 中を覗いてみると、A・J・デクスターの本がたくさん入っていた。
「前から言ってたのになかなか持って来れなかったからさ」
「うそ、やったあ。ほんとに ?いいの? コレ」
「うん。貰ってもらえたほうが助かるんだ」
 アンディはめがねの向こうにやさしい微笑みを浮かべる。あたしはじっと見入ってしまわないように気をつけながら話す。
 もしかして、あたしはこのひとのこと好きなのかもしれない。
 そう気付いた時から、もうスキンシップが取れなくなってしまった。ロッシやベンになら、ハグも平気だし手を握り合って喜ぶのだって平気なのに。
 あたしは意識しすぎてアンディに触ることが出来ない。
 それに彼はあたしが泣いてる時以外は全く触れようとしないから、イアンが結婚して落ち込んだあの日以来、あたしたちはいつも一定の距離を開けてソファに座って、街を歩く時もお店の中でも家でも、触れ合ったりすることなんてない。
 ときどきそれをすごくはがゆく感じる。
 一緒に歩いている時に自然と腕を掴みそうになって、慌てて手を引っ込める。そういうことが何度もあった。
 外人=スキンシップだなんて、単なる思い込みだったんだ、って分かった。
「なに?」
 あたしがアンディの長くて白い指に見入っていたせいで、アンディは不思議そうにあたしを覗き込んだ。
「え? あ、なんでもない」
「また何か悩んでる?」
「あ、ううんぜんぜん。ね、今時間あるなら一緒に買い物行かない?」
 まさか、触りたくて思い悩んでた、なんて言えない。
「時間ならあるけど、買い物って?」
「一緒に来てよ。きっとアンディ気に入ると思うよ?」
 休みの日をアンディと一緒に過ごすようになってから、あたしはアンディにいろんなものを教えてあげた。アンディはすごく好奇心が旺盛で、男の人が知らないような、めんどくさがりそうな楽しい事が大好きだった。
 だから、お茶のお店を何件も回ってハーブティーの試飲をしたり、お香を炊いてヨガをしたり、バスソルトを作ったり。ももちゃんと一緒にしてきたような事に、アンディがすごく真剣に真面 目に取り組むのが面白くて、自分が知っている楽しい事をたくさん教えてあげたいと思った。
 きっと、ももちゃんがあたしに初めて洋楽を教えてくれた頃って、こういう気持ちだったんじゃないかなって思う。
 ももちゃんやあたしと決定的に違うのは、あたしたちが『かわいー、おいしー、たのしー、』って騒ぐ所を、アンディは研究者みたいに真面 目な顔で調査していること。時々メモまで取っていて、そんなのをどこで披露するつもりなのか気になったけど、特に聞かないでおいた。
 だけど一緒にはしゃいで貰わなくても、ちっともつまらなくなんかない。この前なんて、あぐらがかけないほど体が堅いくせに、何度もひっくり返りながらヨガに挑戦していた。あたしは大笑いしたけど、アンディは一生懸命でその姿がすごくかわいかった。
「じゃあ行こうか」
 鍵をかけてそう言いながら、あたしは密かに彼のファッションチェックをする。
 今日は薄い水色とキイロのボーダーTシャツに、膝が豪快に破けたジーンズにバンズのスニーカー。アンディのファションの中では、群を抜いておしゃれだった。
 それによく似合っていてかっこいい。
 そう思ったらちょっとドキっとしてあたしはアンディからまた少し離れて歩くことにした。

 
 

#6#8

 
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