ロックンロールとエトセトラ  
 

6月 ユア ソー グレイト
  You're So Great / blur

 
   
 #8 セプテンバー ミカコ
 

 前の通りに真っ赤なチェロキーが停まっているのが見えた。それに地下室から裏庭に歪んだギターの音が漏れている。そのリフがニットキャップスの『セプテンバー』の間奏だって気付いて、あたしはにんまりした。
 これはももちゃんの音じゃない。
 あのライブの日以来ももちゃんとジェイミーは何度か会っていて、とても楽しそうであたしも本当に嬉しい。
 仕事から帰って初めてジェイミーがあたしたちのリビングのソファに座ってた時には気絶しそうになったけど。今ではもう慣れた。
 ジェイミーに今も彼女がいるのかは未だ謎のままだけど、本当にふたりがうまくいけばいいのにって思ってしまう。
 だって、ももちゃんは確実にもうジェイミーのことを好きになってる。そのくらい分かる。
 もうファンとか憧れとか、ただそれだけじゃない。そんなことももちゃんが口に出さなくてもばしばし伝わってくる。ジェイミーにも届けばいいのに。
 ジェイミーがどう思っているのかはあたしには全く分からないけど、ももちゃんの幸せを願わずにはいられない。
「やっぱり悩みごと?」
「え? あ、違うよ。ちょっと考え事」
「そう?」
 アンディにじっと見据えられて、またドキっとしてしまう。
 最大の悩み。アンディに相談できるものならしたいよほんとに。
 ずっと前にロッシにアンディの話をしていて、言われたことがあった。
「そんな女みたいなことにばっか興味ある奴はよ、ゲイじゃねえのか?」
 まさか。
 その時は笑い飛ばしたけど、最近ふと思い出した。それでじっくり考えてみたらそう思えなくもなかった。だって、一緒にバスソルトを作りたがる男の人になんて、今まで会ったことがなかったもん。
 そんな馬鹿な考えが何度振り切っても湧いてきて、あたしは悶々としていた。

「ええ? はあ、へえ? おおー」
 量り売り石鹸と自然素材コスメのお店『ラッシュ』に入ると、アンディは子供みたいにキョロキョロして、次々と手に取っては匂いを嗅いだりし始めた。
 あたしもアドレナリンがむくむく湧いてくるのを感じて、アンディから離れてたくさんあるバスボムの説明を一つずつ読んでいく。
 ふと見ると、アンディはスタッフの女の人に説明を受けながら神妙な顔で頷いていた。店内には他に男の人なんていなくて、アンディはすごく目だってたけど、やっぱりあたしには、一生懸命説明を聞いている彼がすごくかわいらしく見えた。
 20分後に合流すると、ふたりともカゴいっぱいに石鹸やクリームやバスボムを詰めていた。
「アンディ、そんなに買うの?」
 アンディのカゴにはあたしの倍は入ってる。
「うん。見てたらどれもこれも試したくなってさ」
「分かる分かる」
「ミカコは何選んだ?」
 アンディはあたしのカゴを覗く、その間に簡単に計算してみると、あたしは20ポンド分も買おうとしてることに気がついた。
「だめだ、こんなに買えないや」
 あたしは泣く泣くデイジーの花びらがお湯の中に広がる紫色のバスボムと、ミルク色のお湯がだんだん金色になるバスボムと、りんごとミントの石鹸を出した。
「やめるの?」
「うん。次にする。給料までしばらくあるし。もうアンディは決まった?」
「うん」
「じゃあレジ行こう」
 あたしはカゴから出した3つを元の場所に戻してレジに向かった。

 家に戻ると、ふたりでカタログと見比ながらアンディが買った物をひとつずつ見せてもらった。
「あ、これはミカコの分ね」
 そう言ってアンディは白と紫のバスボムと石鹸をこっちへ転がした。
「え、あれ?これさっきの?」
 それはあたしが泣く泣く戻したはずのものだった。それに、石鹸なんてさっきあたしが持っていた100グラムのじゃなくって、300グラムもある握りこぶし大の塊だった。
「欲しそうだったから」
 アンディは目を細めて言う。
「え、悪いよ」
「連れてってくれた御礼ってことで」
「でも、」
 あたしが迷っていると、アンディは何か思いついたみたいに笑顔になった。
「それじゃあ一緒に使う?」
「え? あ、」
 バスボムと石鹸を?
 あたしは一気に妄想で頭が破裂しそうになった。だって、バスボムって入浴材で、石鹸って言うのは体を洗ったりするもので、だから、えっと、
「何困った顔してんの、冗談だよ、」
 ケラケラ笑うアンディの声がして、ただでさえ耳が熱くなっていたのに、本気にした自分が恥ずかしくて顔が燃えていないか心配になった。

 
 

#77月#1

 
  もくじに戻るノベルスに戻るトップに戻る