ロックンロールとエトセトラ  
 

7月 リターン
Return / OK GO

 
   
 #4 暗闇 モモカ
 

「いつものことだよ。へんなパーティーだよね」
 あたしは頷いた。ほんとは普通のパーティーがどんななのか知らないけど、真っ暗にしてしまうのはやっぱり変だと思う。
 『一体何してるの?』そう言おうとしたけど、ジェイミーがなんだか沈んでいるように見えて、暗闇のことなんてどうでもよくなった。
 玄関前の階段に座る。
「今日のパーティーは、ミッキーの友達が集まってるの?」
「うん。そうだな、友達とか同僚とか。ミッキーとは幼なじみなんだ。10歳の頃からつるんでる」
「へえ。みんながね、ジェイミーを見ても驚かないことに、びっくりした」
「そう? 前から知ってる奴もいるし、僕の事なんて知らなかったり興味なかったりする奴だってたくさんいるよ」
 ジェイミーは少し悲しそうな顔で言った。
 だけどあたしは気付いていた。
 家の中にいた女の子は全員ジェイミーを見ていた。彼氏と来ていた子だって、ぶつかりそうになってジェイミーが微笑みながら謝ると、わなわな震えていたくらいだった。きっとジェイミーのこの無防備さがよけいに彼を魅力的に見せているんだろう。
「ミッキーはすごいんだよ。あいつ昔から頭良くてさ、頼りになるし。ソニックウェバーエンタープライズって知ってる?」
 あたしは頷いた。
「ミッキーはあのプロジェクトのチーフなんだ」
 確か、最近急成長しているコンピューター会社で、日本でいうガンダムみたいな人が乗り込めるロボットの開発をしている会社。そのプロジェクトが成功寸前で、今話題になっている。
「じゃあ、ミッキーがロボットを作ってるの?」
「そうだよ」
 きっとミミコなら飛び付く話だ。
「すごいね」
 あたしがそう言うと、ジェイミーは何度も深く頷いた。だけど、あたしにとっては、今目の前でジェイミーが悲しい目をしている事の方が、何十倍も重要だった。
「あいつはほんとすごいんだ。悪知恵も働くし、僕いっつもくっついて回ってた」
 ジェイミーがどうして沈んだ声でその事を話しているのか、意味が分からなかった。  あたしはなにかジェイミーが元気になるような話題はないか考えてみたけど、酔った頭で思い付くのはくだらないことばかりだった。
 先週、バーゲン中の込み合ったハロッズのエレベーターで、脱げてしまったミミコのミュールだけエレベーターに乗ったまま上がって行った事や、アンディのへんてこなダンスや、ロッシの最高に似てないジャスティン・ティンバーレイクの物真似や、とにかくこの場にはふさわしくない事ばっかりだった。
 ジェイミーは黙って草をむしっている。その時あたしはやっとちょうどいい話題を思い付いた。
「ねえ? ミッキーが言ってた地獄の女神って、何なの? あたしのことみたいだったけど」
 あたしは明るい声で言った。なのにジェイミーから帰って来たのは呻き声に近い低い声だった。
 しまったと思った。だけど、取り消そうにも、他に話題なんてなんにも思い付くことが出来ない。
 しばらくの沈黙の後、ジェイミーは話し出した。
「そうだな……正直に話すよ」
 そう言ってジェイミーは少しだけ笑った。
「モーモが助けてくれた少し前に、彼女と別れたんだ。正確には振られたんだけど。問題は僕の性格とか仕事」

 あたしはそんなこと聞きたくない。
 心の中で小さくそう言ったけど、実際には先を促すように頷いていた。
「僕は本当に彼女のことを大切にしたかったし、してるつもりだった。それに、本当に好きだった。自分が変わることでうまくいくなら、努力したかった。だけど、それも的外れだったんだ」
「どうして?」
 喉がからからで声が震えないようにするのが難しい。
「僕は、ずっと間違ってた。僕が想うように彼女も想ってくれてる、って。でも違ってた。彼女は僕自身じゃなくて、僕のバックグラウンドが好きだったんだ。半年の間に僕が買ったプレゼントは、オークションで高く売れたんだって……それも、彼女から聞いたんじゃなく、知り合い僕の名前がついた物がオークションに出てるって教えてもらったんだ……だけどきっとなにか事情があるんだと思った。でも彼女に言われたよ、別 に事情なんてないし、僕にはもう興味がないって」
 あたしは耳を疑った。仕事が原因って、忙しくて会う時間がないとか、そういう事だと思った。
「ダサいだろ?」
 あたしは勢い良く首を振った。
 あたしはレイチェルに対する怒りをふつふつと沸き上がらせていた。こんなに優しくて楽しくてかっこいいジェイミーを騙すなんて。
「昔っから体も弱くてチビだったし、なんにも取り柄がなかった。友達だってミッキーだけだったし。僕はいつも自分とミッキーを比べてばっかりいた。でも当然なんにも勝てなかった……だけど、13でギターを始めて。初めて自分の武器を手に入れたって思えたんだ。すごくすんなり身についたんだ。それにちっとも飽きなかった。だから、僕はそれまで僕を笑った奴らを見返してやるって思った。それから今のメンバーと出会って。バンドを組んでプロを目指すって言っても、誰も相手にしなかった。昔と同じように笑われたよ……でも。今は違う」
 ジェイミーに見つめられて、息が出来ないほど咽が苦しくなる。
「そう思ってたんだ……だけど、結局何にも違わないんだ。元々、音楽を仕事にした時から、周りにたくさん嘘つきが集まって来るようになって。だから僕は簡単に人を信じないって思ってた。なのにこのザマだからね。情けなくてさ。もう人間不信だよ……あの日はテキーラを何ショットも煽って。いつもはナッツに気を付けてるんだけど……それも分からなくなるくらい、すんごく酔ってた。それで……迷惑かけたって訳」
 ジェイミーは笑ったけど、それは、ただあたしを困らせないように気を使って浮かべただけの笑顔だった。

 
 

#3#5

 
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