ロックンロールとエトセトラ  
 

7月 リターン
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 #8 再生 ミカコ
 

「あら、ずいぶん話がそれてしまったわ……」
 ドロシアはくすっと笑ってから、話を続ける。
「アンディと彼の父親がウェールズに行ってしまって6年程経った頃だった。ついに私は独りぼっちになってしまったの。ジェラルドがいなくなって、本当に目の前が真っ暗になって、何を見る為に生きて行けばいいのかわからなくなった……何にも感動できないのよ。お庭の花がどんなに美しく咲いても、お友達がなんとか元気付けようと素晴らしいオペラに連れて行ってくれても、何にも感動できなかったの……そんなことは初めてだったわ。素晴らしいことは分かるけど、胸が熱くならないの」
 それもやっぱり、あたしには思い描くことが出来なかった。感動できないなんて、どんなにつらいことだろう。
「本当に、これ以上生きて行く必要があるのか、分からなくなっていたの……もしもあのまま独りだったら、ミーとは会えなかったかもしれないわ」
 ショックだった。
 ドロシアが? こんなに穏やかで幸せそうで、素敵な庭のある家に住んでいて、友達だってたくさんいるドロシアが?
 やっぱり人間も世界もなにもかも、あたしが思っているよりも弱くて儚くて、絶対なんて存在しなくて。
 例外なんて有り得なくて、だからこれからあたしが出会う人も、今まで出会った人たちもみんな、漏れなくいずれは何処かへ行ってしまうんだろうか?

 そういう考えがふっと湧いて来る。あたしはそういう考えや破滅思考が大嫌いだった。
 だからそういう考えを常々否定し続けて来た。
 例外は何にだってあるし、きっと今はまだ巡り会えないだけで、きっと自分のかたわれみたいにぴったりはまる人が現れるんだよ。
 ももちゃんにも、チコにもそう言い続けていた。自分だってそんな体験したことないけど、堂々とそう言っていた。本当はあたしにもそれが真実なのかどうか分からなかったけど、でもそう信じたかった。
 以前のももちゃんは、いつも怯えていた。もしかしたらまた誰かがいなくなってしまうんじゃないか、って。だけどあたしは何度も繰り返しそれを否定し続けた。それに、言葉じゃどうにもならないことくらい分かっていたから、ももちゃんがあたしにとって、そしてあたしがももちゃんにとって、掛け替えのない存在だって確信した時に心に誓った。  それじゃあ、あたしがその例外になればいいって。
 みんなが去る訳じゃない、ほら、あたしはいつだってここにいるよ、って。
 そんなバカな破滅思考は打破してやろうって思っていた。それにその作戦は成功したんじゃないかな、なんて思っていた。

「その時……アンディが突然戻って来たのよ。落ち着いて、すっかり大人になって。こっちの大学を受けるから、泊めてほしいって大きな荷物を持ってね」
 ドロシアの顔がぱっと明るくなる。
「ジェラルドのお葬式にも来なかったし、もう会えないのかと思っていたのに……結局、アパートを探すって言うあの子を引き止めて、今に至るのよ」
「アンディが戻って来たのは、本当にただの偶然なのかな?」
 もしアンディがおじいちゃんが亡くなったことを知っていたなら、ドロシアの為に戻って来たのかもしれない。
 ドロシアは少し黙ってからこう言った。
「分からないわ、あの子は昔から優しい子だったから……だけど私はこう思ってるのよ。きっとジェラルドが引き合わせてくれたんだって。だって、私が悲しかったのと同じくらい、彼も私と離れるのがつらかったはずだから。私を守る為にアンディを呼んでくれたんじゃないかしら、って」
 ドロシアがそう言っても、ちっとも変だと思わなかった。ドロシアはジェラルドを愛していて、ジェラルドも本当にドロシアを愛していたから。
「……そして、私はやっと思い出したの。彼が生前に私に言ってくれたことを……彼は、たとえ離ればなれになったとしても、私の傍に、心はいつも君と共にあるよって……そう言ってくれたのよ……それなのに独りで悲しみに溺れて、みんなの優しさを台なしにしようとしていた自分が、恥ずかしかったわ」
 ドロシアの目がきらきらと濡れていて、あたしも少し鼻がつんとした。
「ミー……これだけは覚えていて。人は変われるのよ。だから、どんなに沈んだって、そこは本当の終わりじゃないの。いつだって引き返せるのよ。ほんの些細なきっかけで、大きく変われるの」
「うん……」
「……きっと、モーもちゃんと分かっているわ。自分が幸せだって……こんなにも素敵な友達がいるんだから」
 そのひとことで、あたしの目からぽろっと涙が落ちてしまった。

7月リターン(了)

 
 

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