北本さんは、毎日CDや雑誌をかばんに入らない程たくさん持ってきて、気前よく貸してくれる。
彼女も、ロック講座初級編の講師みたいで楽しそうだった。
借りたCDの1曲1曲があたしの体を駆け巡って、そしてあたしの空っぽな部分にまで入ってきた。
今まで耳から勝手に入ってくる歌謡曲しか聴いたことのなかったあたしにとって、嬉しい驚きだった。
音楽がこんなにも自分を揺さぶったり慰めたりしてくれるなんて。
彼女はMTVを録画したライブのビデオもたくさん貸してくれた。
動くロックスターたちは、映画俳優と同じくらいかっこいいけど、役を演じているのとは違って、それは生の人間だった。
当然、あたしはすぐにロックスターたちに夢中になった。
それと同時進行で、あたしと北本さんはどんどん仲良しになった。
あたしは北本さんのことをももちゃんって呼ぶようになって、ももちゃんはあたしのことをミミコって呼ぶようになった。
3月
高校を卒業して、春休みに待ちに待ったももちゃんのライブを見に行った。
直前まであたしに緊張してるなんて言ってたくせに、ギターを持ってステージに立つももちゃんは、凛としていて緊張なんて少しもしているようには見えなかった。他のメンバーはももちゃんより年上の男の人ばっかりだった。
モモちゃんの彼氏のイナモリ先輩を久しぶりに見たけどやっぱりかっこよかった。
「ライブで見てくれなきゃ嫌なの」
そう言ってももちゃんはデモテープをくれなくて。だからあたしの期待はもう最高潮に達していた。
彼女がギターを掻き鳴らすのと同時にステージのライトが眩しく光って、ライブが始まった。ももちゃんは体を前後に揺らしながら、指をなめらかに動かしていた。その動きはとっても自然で、ギターがその手に吸い付いてるみたいだった。
ボーカルは男の人だった。
残念なことに、あんまり好きな声じゃなかった。曲はロック初心者のあたしにも分かってしまうくらいに、オアシスに影響されていた。
正直、期待していたほどではなかった。すごくがっかりしていた。
それでも、あたしはももちゃんを見つめていた。
ももちゃんはふりふりのスカートにキャミソールで、そのバンドからとっても浮いていた。でもそれは悪い意味じゃなくって、あたしにはももちゃんがすごく特別
に見えた。
ボーカルの人が次のライブ告知をした後、それは確信に変わった。
1曲だけ、ももちゃんがボーカルをとっていた。
ももちゃんは驚くほど歌が上手で、あたしは首の後ろの毛が逆立つのを感じた。話している時の声とは違って、もっとハスキーなとっても色っぽい声だった。絶対に全部ももちゃんが歌うべきだと思った。
バンドの雰囲気は一変して、あたしにはもう、ももちゃんとそのバックバンドにしか見えなかった。
かっこいいイナモリ先輩ですら、彼女の引き立て役にしか見えなかった。
ももちゃんはホールのコートニでもなくって、ガービッジのシャーリーでもなくって、誰にも似てなかった。
だけど、ギターを鳴らしながらどこか遠くを見つめて歌っているその姿は、まるでロックスターだった。
あたしは、こんな子があたしの友達なんだってみんなに自慢したい気持ちだった。
だけどそれと同時に、ももちゃんとあたしの間にある明らかな差、夢のある人間とない人間との、その分厚い壁を感じて落胆していた。
なにかを始めないと、その気持ちに押しつぶされそうだった。
このままじゃまた、あたしは卑屈な自分に戻ってしまう。
そう思った……
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