セイくんと離れて以来、あたしは本当に恋が出来なかった。
べつにもう男なんて、とか思っていた訳じゃなくって、本当に好きになれる人に出会えなかったから。
少しいいなと思う人と何度か会ってみたり、好きになれるかもしれないと思った人と少し付き合ってみたりした。でもどれも2か月も続かなかった。
いつも急に気付いてしまう。あれ? あたしなんでこの人と一緒にいるのかな? って。話しても遊んでも、ミミコと一緒の方がもっと楽しいし、この人と触れ合ったりしたくないかもしれない。
そう気付いた瞬間から、その人があたしには全く関わりのない人に思えてしまう。
本当は誰かと深く関わり合って、自分が依存してしまうのが恐かっただけなのかもしれない。
それでも、かなり長い時間がかかったけど、やっとあたしは誰かを、ジェイミーを必要としている自分を受け入れられそうだった。
それなのに……
そこで頭が真っ白になる。
あたしはどうしたいの? わからない。
ただ、ジェイミーのことを少し頭に浮かべただけで、胸がひりひりする。いつのまにか、こんなにもジェイミーを好きになっていた。
「よね、ももちゃん?」
「え?」
ハッとすると、ミミコが心配そうにあたしを覗き込んでいた。
「あ、うん、かわいいよね、その靴」
ミミコの指を辿って雑誌を見ると、そう言った。
「だよね、あたしこれ欲しいなー、ももちゃんも買うー?」
ここ一週間、あたしはずっと二人に気を使わせっぱなしで、あたしが無理に取り繕っているのなんてふたりにはお見通
しだっていうことも、よく分かっている。だけど自分でもどうしようもない。
どうしたら抜け出せるの?
電話が鳴って胃がぴりっとなる。チコが走って電話を取る。毎日ジェイミーから電話が掛かって来る。嘘をつくのが嫌でふたりは無言で電話を押し付け合っていた。
それなのに、チコが走って電話を取りに行くなんて、誰かと約束してたんだ。そう思うと、少しほっとしたのに、なぜか気持ちがずんと重くなった。
電話が最後のジェイミーとの繋がりで、それが切れたら本当に終わり。
だけどそうしようとしているのはあたしで、だからそれでいいはずなのに。
なのに電話がジェイミーからじゃないと分かると少し寂しくなった。
なんて自分勝手なんだろう。
タクシーを降りたあの時に終わったはずだったのに。ジェイミーから連絡して来るなんて、そんなのありえないと思っていた。そんなの反則だと思った。
「モモ、電話だよ」
チコがあたしを呼ぶ。
「誰?」
「出ればわかるよ」
そう言ってチコは笑った。あたしに受話器を渡すとさっさとソファに戻って行く。
誰だろう? ミミコもチコに誰からの電話なのか一生懸命聞こうとしている。
「ハロー?」
まずそう言ってみた。少しの沈黙の後、相手の息遣いが聞こえて、緊張が伝わってきた。胸がざわつく。
「モーモ?」
あたしは弾かれたようにチコを振り返った。怒ってじゃなく、ただ本当にびっくりして。
「モーモ、切らないで」
囁くようなジェイミーの声。自分の脈打つ音で聞こえなくなってしまいそうだった。
「……ジェイミー」
咽が詰まりそうだった。切れない……切れるはずがない。全身が耳になって、ジェイミーの小さな息遣いに集中していた。
涙がはらはらと落ちる。もう涙なんて出ないと思っていたのに。
口にあてた受話器に手の平をぐっと押し当てて、泣いているのがばれないようにした。
「やっと……モーモの声が聞けた。出てくれて、ありがとう」
ジェイミーはそう言った後、ほっとしたように小さなため息を漏らした。
「明日。夜会えない? どうしても、もう一度話したいんだ。明後日からまたしばらくロンドンを離れなきゃいけないんだ。だから、お願いだよ、」
ジェイミーの声はどんどんかすれて小さくなって行く。
本当は決まってた。答ならずっと。
ジェイミーにお願いされなくっても。
2週間前タクシーを降りた時からずっとジェイミーが恋しかった。
|