ロックンロールとエトセトラ  
 

8月 ワン レイ オブ サンライト
One Ray of Sunlight / Phantom Planet

 
   
 #4 ひとすじの…… モモカ
 

 ギターをいくら弾いても、ちっとも心は休まらない。
 エフェクターのつまみをぐいっと回して、とにかくコードをかき鳴らし続けた。知っているコードに飽きると、適当に押さえてピックで引っ掻く。すると、嫌な感じのする和音が鳴り響いた。それでもただ手を動かし続ける。
 地下室の中は、不協和音でうめ尽くされて、まるで悪夢の中にいるみたいな気分になる。  逃げ出したい……もちろん、ギターのせいじゃない。

 どんなに大きな音を出していてもすぐに分かった。
 それでも気付かないふりをしてギターを鳴らし続けたけど、ドアがギッと鳴った瞬間やっぱり振り返ってしまった。
 合った目がもう離せない。
 狂ったように動いていた右手も知らないうちに止まっていた。
 なんて言っていいのか分からなくて、とにかく急いでギターをアンプに立て掛ける。
 ジェイミーは硬い表情で、あたしの前に座り込んだ。
「元気だった?」
「うん……」
 ジェイミーの強烈な引力を感じて、目眩がする。
「モーモ……ちゃんとはじめっから話するから。最後まで聞いてくれる?」
 うつむいたままのあたしをジェイミーは覗き込んでいる。
 『分かった』そう答えようとして顔を上げてみると、思っていたよりもジェイミーの顔が近くにあった。
 そのソーダキャンディーの目に見つめられると、体の中を何かが空に向かって突き抜けて行くような感じがした。
 目眩がひどくなる。気を紛らわせようと、視線を落としてジェイミーのスニーカーの靴紐を目で辿ることにした。

 長い沈黙の後、やっとジェイミーが口を開いた。すごく緊張しているのが伝わってくる。 「モーモが助けてくれた……あの月はとにかく僕にとって最低だった。僕自身じゃなくって、僕の肩書とかに集まって来る人間はほんとに多くて……彼女ができてもその相手を信じられないし、実際何度も裏切られた。きっと彼女たちにすれば僕が裏切ったことになるんだろうけど……僕が普通 すぎるって。だから飽きちゃうんだ。それに彼女たちは僕が何を言われても傷つかないって思い込んでる。だからもう誰も信じないって思ってた」
 ジェイミーの言葉は悲しく響いた。
「それなのに、またレイチェルに騙された。もちろんだからってギターもバンドも辞めようと思ったことはないよ。それにどうしても誰かに会って、その人を好きになったら。男でも女でもね……やっぱり信じちゃうんだ。だからなるべく人を好きにならないようにしてる。でも、やっぱりそれも僕には難しいんだよね。だって。もう、モーモのことも、ミーもチーもロッシもベンもアンディも。みんな好きになっちゃったし。僕、単純なんだ」
 そこまで一気に話すと、ジェイミーはあたしの方を向いて微笑んだ。
 あたしはもう怒ってなんかいなかった。だけど、ジェイミーの話を聞いて心が晴れ晴れとしているわけでもない。
 今、自分の正直な気持ちに目を向けるのが恐い。
 ただ分かるのは、みんなと一緒にライクで括られたことが、ずっしり胸にのしかかっているっていうことと、ジェイミーがこんなに一生懸命になっているのは、あたしとの友情を取り戻したいからだっていうこと。
 がっかりした。そしてがっかりしている自分に気付いてショックを受けた。

 あたしがいくらうつむいてジェイミーの視線を避けていても、あたしが顔をあげると、必ずジェイミーと目が合ってしまう。その度に、胸がぎゅっと掴まれたようになる。
「なんにも手につかなくて、今まで楽しかったことが全部つまらなくなった。日本と香港とオーストラリアにプロモーションで行ったけど、ほとんど印象に残ってないんだ。メンバーは僕が騙されるのを何度も見て来たし、彼女のこともみんなが反対してた。だけど僕は忠告を無視したんだ……いつも、今度は違うって思うからさ。みんなもう呆れてるよ」
 あたしはただ黙って頷いていた。
 ジェイミーの顔が見れない。
「僕はもう、僕のことを知ってる子とは付き合わないって。みんなに宣言したんだ」
 胸がツキッと痛んだ。
「だから、ミッキーの同僚にも会ってみたりしたんだけど。そしたら今度は僕の馬鹿さばっかり目立っちゃってさ。お互い楽しくなかった。だからって、僕をちやほやする子とは会いたくなかったし。だからしばらくはそれ以外の事に集中しようと思った。曲もいくつか書けたし、ペインティングもたくさんしたよ……少しずつ元気になってるのが自分でもわかった……しばらく使ってない鞄にミルレインボウのテープを見つけて。ほんとはさ。病室であれを見た時は、どうでもいいって思った。僕を利用しようとしてるんだろうって」
「そんなっ」
 思わず口を挟む。
「ごめん、分かってるよ」
 そう言ってジェイミーはあたしの手首をそっと掴んだ。
「あの頃はなにもかもを曲げて受け止めてた。ひねくれてたんだ」
 手首が熱い。
「なんとなく聞いてみたら、すごい好きだなって思って。なんかさ、モーモの歌って、魔法みたいなんだよ」
 あたしはわからなくてジェイミーを見上げた。ジェイミーはいつこの手を放してしまうんだろう、って考えながら。
「いい声だよね……モーモは歌も上手だし。でもそれだけじゃないんだよ。なんて言ってんのかわかんない所もあるんだけど、それなのに、なんか掴まれるんだよね」
 ジェイミーは自分の胸に手のひらを当てて、あたしの目を真っ直ぐに見て言った。
 あたしは感動して何も言えなかった。
「それで、この子に会いに行こうって思ったんだ。だから、モーモがほんとの事話してくれた時……すっごいがっかりした」
 あの時を思い出してみた。そうだった。ジェイミーは笑っていたけど、なんだかそわそわしていた。
「でもさ、まさかモーモがここにいることに僕が関わってるなんて思いもよらなかった。それ聞いたら、なんか急にわくわくしちゃってさ。簡単にこの子に背中を向けたくないなって思ったんだ。ただのエゴだけど。モーモからはすごくパワーがもらえる……僕は、モーモといるとすごく元気になれるんだ。今は……消えちゃいたいって思ってたことすら思い出せないくらいだよ」
 ジェイミーはにっこり笑う。
「本当に?」
「本当だよ」
「誓う?」
「うん。僕のリッケンバッカーに誓う」
 ジェイミーは真剣な顔で答えた。
「……うん」
「許してくれるかな?……僕はもともと、単純な脳味噌と健全な精神と肉体を持ってるんだよ。セックスアンドドラッグのロックスターじゃないんだ。慢性的な死にたがりでもない。ただ。弱虫なだけだよ……でもほら、すぐ立ち直る」
 たしかにジェイミーの言う通りだった。そのことは一緒に過ごしてよく分かっていた。  ジェミーは健康的で、スターぶったりしていないし、お金持ちなんだろうけど、でも普通 に暮らしている。
 だけど、本当に信じて大丈夫?  わからない……。
「信じてモーモ」
 ジェイミーはあたしの手首を掴んだままの手に少しだけ力を込めた。
 それはまるであたしのスイッチになっているみたいで、あたしはこくんと頷いた。
 ジェイミーは真剣に自分のことを話してくれた。
 だから、あたしもそれに答えないといけない。
 何度話しても、あの話をしようとする時は喉がつまる。

 あたしは人にプレッシャーをかけないようにする為の省略バージョンで話そうと、明るい声で切り出した。
 だけどジェイミーにみつめられると、そんなごまかしは通用しないと思った。

 
 

#3#5

 
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