ロックンロールとエトセトラ  
 

8月 ワン レイ オブ サンライト
One Ray of Sunlight / Phantom Planet

 
   
 #8はじめての朝 モモカ
 

「じゃね。いい子で待ってて」
 玄関でジェイミーはそう言ってあたしの頬にキスする。まるで映画みたいだと思ってぽーっとなってしまう。
「なんて顔してんの? ほら、モーモも早く用意しないと遅れるよ?」
「うん」
 だけど、やっぱりこれはおとぎ話じゃなくって、現実だった。
「まだ気にしてんの?」
「……うん」
 気にする。それ以上。あたしは落ち込んでほとんど眠れなかった。
「モーモ、おいで」
 ジェイミーが両腕を広げて、あたしはそこへ吸い込まれるように体を預けた。
「ぜんぜん気にすることなんかないよ? そりゃ、残念だったけどさ。でも、これからいくらでもトライできるんだし。ね?」
「……うん」
 昨日。あたしの恐れていた事が起こった。裸になって抱き合って。すごくドキドキしたけど、恐くはなかった。1度覚えたことをそんな簡単に忘れたりはしないんだと思った。だけど、あたしの体は忘れていたみたいだった。ジェイミーとひとつになろうとした時、痛くてあたしは悲鳴をあげた。
 それからそれを我慢して何度も何度も試したけど、どうしてもできなかった。
 冗談じゃなく、あたしはまるで初めてに戻ったみたいだった。
 結局最後はふたりとも疲れ果てて諦めることにした。
「モーモ。目をみて」
 ジェイミーを見上げる。
「いい? あんなの大した問題じゃないよ。重要なのは、僕がどんなにモーモのことを想っているかってこと」
「うん」
 ジェイミーの目を見て、口からでまかせを言っているんじゃないってちゃんと分かった。 「モーモ。戻ったらさ、またパーティ行こう。ミッキーがまたやるんだ」
 ジェイミーはそう言って笑った。
「うん」
「またこの前みたいにドレスアップしてさ」
「ジェイミーはいつもとあんまり変わらなかったよ?」
「いや、今度はちゃんと僕もドレスアップして行くよ。大切な彼女をエスコートして行かなくちゃいけないからね」
 ジェイミーの神妙な顔に、思わず笑ってしまう。
「何笑ってんの? もう」
 ジェイミーはあたしの頭をぐしゃぐしゃにする。
「へへ、その笑顔が見たかったんだ」
 そんなことをさらっと言われて、やっぱりあたしは赤くなってしまった。
 なかなか離れられなくって、何度もハグとキスを繰り返した後、やっとジェイミーを見送った。
 にやにやしながら振り返ると、昨日と同じ格好で髪の毛ボサボサのミミコがキッチンの入口から口を開けてこっちを覗いていた。
「いーなー、いーなああああっ」
 そう言いながら廊下を走って来る。手にはまだしっかり昨日の本を握りしめている。
「ミミコッ? 寝てないの?」
「うん、夢中になってて、そんなことより、全部聞かせてよ? 何がどうなってどうなったの?」
 もちろんふたりにはまだ地下室でのやりとりを詳しく話してはいない。
 徹夜でテンションの高いミミコは詳しく詳しくあたしの話を聞きたがった。こんなこと、友達になってから初めての経験だった。今思えば、あたしがまだセイくんとつき合っていた頃は、ミミコはまだ少しあたしに遠慮があったのかもしれない。
「ももちゃんすごいね。ずっとしないと処女に戻っちゃうってほんとだったんだねー」
 ミミコはそう言ってなぜだか感心していた
「なんで羨ましがってるの??あたし悩んでるんだけど」
「……どうして? だって、いずれはできるんだし。羨ましいよ。あたしなんて、きっとア、好きな人に、この子慣れてるなって思われるんだよ?」
 そう不服そうにミミコは言ったけど、あたしは思わず笑ってしまった。それにアンディって言いかけて止めたのが分かったのも面 白かった。
「ミミコ、そんなとこまで想像してるんだ?」
「え? うん。そりゃ……ねえ」
「ミミコのエッチ」
「え、そ、りゃあいろいろ考えるよっ。ももちゃんの方がエッチだよ、ジェイミーとエッチしたくて悩んでるくせに。さっ、チコも起こしてももちゃんの話を聞こうっ」
「もうっその言い方やめてっ、寝かしといてあげようよチコは」
 あたしたちは口々に文句を言い合って笑った。
 たった1日で、なにもかも変わったみたいに、気持ちが晴れた。
 はやくチコにもこのことを話して、ありがとうって言いたい。
 チコがあの時電話を無理矢理渡してくれなかったら、今こんなふうに笑えていなかったんだから。

8月(了)

 
 

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