4月 ミカコ
その頃すでに、あたしはノーキングのベーシスト、イアン・ハンセンに夢中で、ももちゃんに勧められなくても雑誌を買い込んで、インタビュー記事を隈なく読んだりしていた。だから選ぶのは全然難しくなかった。
あたしの中にはいつの間にか小さな情熱めいたものが宿っていた。ももちゃんと、そして彼と同じ世界に住めたらどんなにいいだろう。
手にしたのはもちろん、ベースだった。
とにかくすぐに楽器屋さんに行って、残しておいたおとしだまを全部使ってベースを買った。聞いたことのないメーカーの傷だらけの中古品だった。すぐに買える、安くて弦が4本あるものならなんでもよかった。黒いっていう所だけがイアンのと同じだった。
あたしはそれだけで充分満足で、ただ毎日毎日ドレミファソラシドドシラソファミレド、ばかり弾いていた。
そして、あたしのそのつたない練習はだんだんと目的意識を帯びて行った。
いつの間にかあたしの頭の中には、はっきりとしたイメージ、というよりも計画が浮かんでいた。
あたしはももちゃんと一緒に、ロンドンのアストリアホールでギグ(ライブとは言わない)をしている。最前列にはかわいい女の子が押し寄せていて、中には日本人もいる。もちろん男の子も。観客はあたしたちの音に熱狂するだろう。あたしは嬉しくて涙が出そうなのをこらえて、ベースを弾き続ける。
大成功のギグを終えると、楽屋でイアンが迎えてくれる。ももちゃんを迎えるのはきっとニットキャップスのジェイミーだろう。
鳴り止まない拍手。あたしたちは二人に背中を押されて、また光の中へ戻って行く。
あたしの想像力は留まるところを知らず。そんな楽しい未来に思いを馳せながら、あたしは練習を続けていた。
だけど難関はももちゃんだった。だってももちゃんは、もうすでに他のバンドのいちメンバーだったし、ももちゃんがギタリストの彼氏にどれほど夢中なのかもよく知っていた。
愛する彼氏のいるバンドを抜けて、こんな初心者と一緒にやってくれるだろうか?そんなことを考えると、あたしの計画全部があまりにも陳腐に思えた。
そんなことはない、そんなことないよ。そう繰り返し唱えて、あたしは自分の課題曲である、オアシスの『リヴ・フォーエヴァー』を練習し続けた。
その曲を選んだ理由は、二人ともオアシスが大好きだったこと。
そして、それがあたしを泣かせた初めての曲だからだった。
音楽を聴いたり歌詞を読んだりして、胸が熱くなって涙が出たのは初めてだった。
あたしは、この曲がCDと一緒に弾けるようになったら、ももちゃんにこの計画を打ち明けようと決めていた。だめだった時のことは何も考えていなかった。ただバンドがやりたいんじゃなくて、ももちゃんと一緒に出来なければ、なんにも意味がなかった。
ベースを買って1ヶ月。まだももちゃんには何も話していない。時々どうしても言いたくて、口がむずむずする。それでも何も言わずに耐え抜いていた。
だって、一緒にバンドをする為には、あたしが少しくらいは使えることを、ももちゃんに示さないといけない。そう思っていたから。
ももちゃんの彼氏のことはさておき、ももちゃんはあのバンドでギターを弾いているよりも、あたしと一緒にやった方が楽しいに決まってる。なぜだかそう確信していた。
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