ロックンロールとエトセトラ  
 

9月 スターシェイプド
Star Shaped/ blur

 
   
 #4 帰り道 イチコ
 

「これから電車乗ると思うとぞっとするよね」
 ミミコが泣きそうな顔で言う。ふたりは自分の楽器を肩から掛けて、エフェクターのたくさん入った鉄の塊みたいに重いエフェクターボックスを持って、シールドの入ったリュックを背負っている。
 さらにそれぞれにあたしの要塞から取り外したパーカッションがいくつか入っていて、さきからミミコの背中でシャンシャン、とタンバリンが鳴っている。
 そしてあたしは、2輪付きの荷物カートに大きなシンバルや小さなシンバル、その他の打楽器たちをくくり付けて引っ張り、ふたりに作ってもらった力作の『ミルレインボウロゴ入りスネア専用リュック』を掛けている。
 黒にショッキングピンクのロゴ入りで、形はスネアその物。自分たちで作ったくせに、それをあたしに背負わせるとふたりは笑い転げた。
「なんか戦いに行きそう」 「それかジェットエンジンで空飛べそう」 とか勝手なことを言いながら。
 そんな笑い物になるような物を使わなくちゃいけないのかと思ってテンション下がりぎみで鏡を見に行ってみると、思っていたより悪くなかった。というか、結構かっこよかった。確かにモモが言ったように、戦いに行くみたいだった。それからあたしはこの鞄を大切に使っている。それに、かなり便利だ。
 駅に向かってとぼとぼ歩いていると、小さくクラクションが鳴った。見てみると、歩道脇に乗用車とバンが1台ずつ停まった。
「どこまで帰るの?」
 乗用車の助手席の窓から顔を出したのは、ジャクソンブレイクのボーカルだった。
「ハマースミス」
 モモが答えた。
「その荷物で? あんなとこまで? まさか地下鉄?」
 彼はありえないという顔で目をぐるっと回した。
「うん。そう」
 ミミコがもう泣きそうになりながら答えた。
 あたしもかなりキツかった。日本の舗装されたアスファルトとは違って、でこぼこのコンクリートや石畳をカートを引きながら歩くのは簡単じゃなかった。さっきから手も手首もじんじん痛い。これをあと一時間以上続けるのかと思うと、ミミコじゃなくても泣きそうになる。 「うっそ、行きも電車で来たの?」
 あたしたちは首を振った。店が忙しくなる前に、ベンに頼み込んでここまで車で送ってもらう事が出来た。だけど夜9時の今、もう来られる訳がない。他に車を持っている人は思いつかなかったし、それ以前にライブごとに誰かに頼っていては駄 目だとも思ったし。
「乗ってけば? 駅まで送ってあげるよ」
 ボーカルの彼に決定権があるのか、クラクションを鳴らした時点でもう決まっていたのか、多分後者だったと思うけど、とにかくあたしたちは気付いたら勢いよく返事をしていた。  誰もとりあえず断ってみたりなんてしなかった。
「じゃあ決まり」
 彼はそう言って車を降りると後ろに停まっているバンの運転席に向かった。バンからふたり降りて来る。運転席から降りて来たのはアルだった。
「じゃ、とりあえず荷物積もうか」
 彼はあの優しい微笑みでそう言うと、後部席にさくさくあたしたちの荷物を納めてくれた。
  そこにはすでにドラムセットと、マーシャルのアンプが3つ入っていて、あたしたちの荷物を入れると、もうどこにも隙間がないくらいだった。身軽になってあたしたちはすぐに元気になったけど、ふと疑問が湧いて来た。

 で? あたしたちはどこに乗るんだろう?  それは、ジャクソンブレイクにとっても誤算だった。
「じゃさ、一人俺の膝の上で、あとの子はおまえらの膝で」
 とか本気なのか冗談なのか、ボーカルは嬉しそうに言う。
 もちろん。それはモモとミミコが上手にやんわりと断ってくれて、妥協案が出た。
 アルの運転するバンにあたしたち3人の誰かが乗って道案内することになった。
 そしてミミコの悪魔的閃きで、あたしがその役に抜擢された。

 
 

#3#5

 
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