当然、既婚者は恋愛対象外。彼女がいただけでも萎えるのに、奥さんだなんて論外だ。
実際、そう分かった今、彼とどうにかなりたいとか、別れてほしいとか、そんなことは思わない。
ただ、切なくて、それに奥さんに対する優しさを自分に対するものみたいに錯覚していた自分がみじめに思える。
家に帰って、ふたりになんて言おう。ふたりはきっとおいしい御飯を作ってくれて、デザートやビデオや、とにかくあたしの好きな物をたくさん用意してくれるだろう。
あたしたちが今までそうしてきたみたいに。
だけど、ひどく傷付いた訳でも、泣く程悲しい訳でもなくて。ただ、とにかくもやもやしているだけで。
だから、発散しなくちゃきっと気分はよくならない。
じゃあ、アレしかない。
あたしは急いで帰ると、ガレージに直行した。まずはメトロノームを鳴らして目を閉じてみる。3秒で吐きそうになった。
急いでメトロノームを止めると、すぐ傍に置いたラジカセのボリュームを最大にして座り直した。
それに合わせて思い切りドラムを叩き出す。老体に鞭を打たれたラジカセは、必死でガジカジに割れた音を吐き出す。
あたしはそれに合わせてライブの時、いや、それ以上。むきになって叩く。
自分もハイロウズのメンバーになる。ヒロトの声が反響してガレージの中をぐるぐる回る。
大丈夫。だってまだなんにも始まってなかったんだから。
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