ロックンロールとエトセトラ  
  第1章 オトメとエトセトラ-9  
   
    1999年 5月 モモカ   
 

 彼、ギター、バンド。それはあたしの血と肉に混ざって、ずっとあたしの中にあったものだった。あたしは水を飲むように音楽を流し込み、それは血管を通 ってあたしの体の隅々に渡っていく。
 バンドの中での自分の位置なんて気にもならなかった。
 セイくんがリードギターなら、あたしがサイドギターでも雑音係でもなんでもよかった。あたしには曲なんて書けないし、ボーカルの矢木君が書く曲も悪くはないと思っていた。ときどき、どうしてここでメロディ下げちゃうかな、とか思っても、あたしがそれを口にするなんて論外だった。
 それでも何の疑問もなかった。あたしはセイくんの音と自分の音を体に巡らせているだけで満足だった。


 それなのに、そんなあたしに疑問が湧いてきた。
 本当にそれでいいの?ギターを持ったお人形。ライブであたしの音に耳を傾けている人なんているんだろうか。あたしはバンドの一員だけど、いつまでたっても半端者の扱いしかしてもらえない。
 例えばずっとこのバンドでセイくんと一緒に過ごせるとして。それでも、ここが本当にあたしの居場所で、これがあたしのしたいことなの?
 あたしがこんなことを考え始めたのには、きっかけがあった。
 高校の卒業間近に仲良くなったミミコとは、今では本当に仲良くなって、大切な友達になった。
 自分とは全く違うタイプの子だと思っていたし、実際性格が似てる訳じゃないのに、色々な事に対する感覚が近かった。
 あたしの話をまるで遠い国の話みたいにめずらしがって熱心に聞いてくれる。  実際あたしの生活が特異なものだとは思わない。バンドをしている子だってロックを好きな子だって、あたしの周りにはたくさんいた。だけどミミコの周りにはいなかった。
 だから、あたしたちの世界が初めて交わったことになる。
 ミミコは、まるであたしの日常に光を当ててくれたみたいだった。
 そしてあたしはついに気付いてしまった。自分がぎゅうぎゅうに押し込めて、見ないふりをしていた気持ちに。
 本当はギターを弾いているからって、それだけじゃ幸せになれない。セイくんのことは大好きだけど、それでいつまでもこのバンドにしがみついてちゃいけない。

 あたしは、あたしのバンドって胸を張って言えるようになりたい。その為には自分で曲を書いて、一緒にやってくれる子を探さなきゃいけない。
 そう決心して、あたしはセイくんにまずそのことを打ち明けた。
 重い沈黙の後、ふいにセイくんが口を開いた。
 少し忙しくなるけど、いつでも会えるよね。そう言おうとしたのと同時だった「あのさ……俺たち……別 れよう」
 何度も何度もその言葉を反芻して、やっと感覚が戻ってきた。セイくんが喋っているのが聞こえてきた。
 でも、あたしが分かったのは、これだけだった。セイくんは、あたしのことを嫌いになった訳じゃないけど、あたしよりももっと好きな人ができたんだって。  体の感覚がどんどん鈍くなって、視界がぼやけて行く。
 あたし、また独りぼっちなんだ。
 ただそれだけが頭の中を回っていた。
 胸が焼け尽くされるように痛かった。
 そこからどうやって家に戻ったのか、思い出せなかった。
 ずっとずっと、あたしはセイくんに頼り続けて守ってもらっていた。それが彼の重荷になっていることに気付かないでいた。
 それとも、気付かないふりをしていただけなのかもしれない。
 だって、彼とあたしの間にはお兄ちゃんっていう離れられない繋がりがあった
 だから、セイくんはあたしから離れられなかった。もしかしたらずっと離れたかったのかもしれない。
 だけど、そんなことはどうでもいい。だって、あたしにはちゃんと分かってる。あたしたちの間には、確かに愛があった。
 最後にはぼろぼろになっちゃったけど、でも、本当にお互いの事を想っていた……それは、ちゃんとあたしにも分かってる。
 セイくんがなんとかあたしを傷つけないように、ずっと言うのをためらっていたのも。
 だけど結局はどんな聞き方をしてもいつ聞いても、あたしが傷付くことに変わりはないのに。
 それでもそんな優しいセイくんのことがやっぱり好きだった。  セイくんとちゃんと愛し合っていたって、それが分かっていたとしても今日からたった独りになったことに何も変わりはない。
 突然独りぼっちになってバンドも彼もなくして、あたしはどうやって生きて行けばいいんだろう?

 セイくんが恋しい……

 
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