ロックンロールとエトセトラ  
 

11月 オールオーバーミー
All Over Me/ Graham Coxon

 
   
 #12 ポートレート イチコ
 

「座る?」
 ロッシはベンチを横目で見て言った。さっきまでの切羽詰まった様子から一変して、穏やかな微笑みを浮かべている。あたしは困惑していた。
「うん……」
 まだロッシが言ったことの意味を反芻していた。だけどロッシはたった数秒前のことがもうなかったかのように落ち着いている。
 想いを吐き出してすっきりしたのか、元からあたしの答えなんて求めていなかったのか、あたしに何かを言わせようとはしていない。
「これ。渡したくて。貰ってくれるか?」
 そう言いながらロッシは封筒からモノクロ写真を2枚引き出した。
  一枚目には、ドラムセットにいるあたしと、そこに集まっているモモとミミコが写 っていた。きっと曲を終えて今のよかったね、って話し合っている時だろう。
 あたしはそれを眺めて、思わず顔が綻んでしまった。
「俺、なんか分かってきた気がするんだ。自分が何を撮るべきなのか。これだけは絶対に渡したくて、暗室入ってたら、来んの遅くなっちまった」
 そこでロッシは言葉を区切って、頭をぽりぽり掻く。
 もう一枚には、あたしが写っていた。自分でも見た事が無いような笑顔だった。先週ロッシとポートベローのマーケットに行った時のだ。
 最近ロッシはほとんど常に、服の一部のようにカメラを見に付けていて、どこかへ出掛けても、うちに来ても、突然シャッターを切る。風景だったりみんなだったり、あたしだったり。初めは嫌で隠れようとしていたけど、もう慣れてしまってそれを意識する事もなくなった。
 あたしは写真をじっと見ていた。
「じ、じゃあ、俺行くわ」
 唐突にそう言って、ロッシが立ち上がった。
 ゆっくりとドアに向かうその後ろ姿を、あたしは見ていた。
 好きだなあって思いながら。確信を込めて見るとその広い背中がまた違って見えて来る。
「ロッシ」
 あたしはベンチに座ったままロッシを呼び止めた。
「ん?」
「好きだよ」
 すごく自然に簡単に思ったことが口から出た。

 
 

#11#13

 
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