ロックンロールとエトセトラ  
 

10月 ブルーライト
Blue Light/ Bloc Party

 
   
  #14 ブルーライト ミカコ
 

 部屋に入ると、アンディはジャケットとシャツを脱いだ。
 あたしは、アンディの想像もしていなかった綺麗な体に見とれた。凹凸のある固そうな体。今まで服に隠れていて分からなかったけど、肩から胸にかけて、たくさんのタトゥがある。
「過去の過ちだよ」
 あたしが見ているのに気付いて、アンディはあたしの隣に腰を下ろすと気まずそうに言った。
「でも、かっこいいよ? コレ意外は……これは、痛そう」
 あたしは、アンディの胸に刻まれた星をなぞって言った。それは、タトゥじゃなくって、切り傷だった。ナイフか何かで深く刻んだ星で、今は肉が盛り上がって、傷跡になっている。
「これは、今考えると恐ろしいよ。五人でさ。血の誓いって言って、お互いに1本ずつ付けたんだ。最後の1本は自分で。絶対今は出来ない」
「痛かった?」
「……たぶん。でも、あの頃の記憶はけっこうおぼろげでさ。自分でも何をやってるのか分かってなかったのかもしれない。極め付けは、親父に気を失うまで殴られたからな。それで飛んだんじゃないかな」
 アンディは冗談ぽく笑った。
「お父さんは、元気なの?」
「ああ、元気だよ。今恋人がいるらしいし。僕はその人と幸せになって欲しいって思ってるんだ」
「そう」
「じゃあ僕も見せてもらおうかな」
 そう言ってアンディがあたしのドレスのジッパーに手を掛けた。あたしはその言い方がおかしくて思わず吹き出してしまう。
「笑うか?」
「だって、おかしいんだもん」
 本当は笑って気を紛らわせでもしないと、気絶しそうなくらい、いっぱいいっぱいだった。
「黙ってよ」
 そう言ってアンディはあたしにキスすると、あっと言う間にジッパーを下げた。それに、首の後ろのリボンを解くと、スルっとドレスが落ちた。
「こっちを着てくれて正解だったな」
 アンディはあたしのブラジャーをみながら、満足げに頷いた。
「なんかエロいよアンディ」
「ん? 僕のこと、めがねの堅物だって思ってた?」
 そう言ってアンディは涼しい目をするとあたしをゆっくりベッドに沈めた。
 あたしはその演技くさい言い方に、また笑いが止まらなくなった。


***

 夢中で求め合った。
 カーテンの色が何色かも、さっきやっと目に入ったくらいだった。
 考えてみれば、アンディは過去不良だった訳で、当然女性経験も少なくないだろうし、さらにこんなにかっこいいんだから、きっとモテてたに決まってる。
 とにかく、あたしの心配なんて、全く無意味だった。
 こんなに満たされて、幸せで、最高のセックスは生まれて初めてだった。

 一緒にシャワーを浴びた後、今まで聞けなかったアンディの話をたくさん聞いた。
「ねえ、デクスターって、誰の名字? ドロシアは、デンヴァーだったよね?」
「うん。デクスターは僕の本名だよ。母の旧姓はデンヴァーだけどね」
「ああ、そっか。アンドリューも? アンディって、あだ名だったんだ?」
「まあ、そうなるけど。物心ついた頃から、誰もアンドリューだなんて呼ばないな」 「そうなんだ? なんか王子様みたいな名前だよね」
「なにそれ?」  アンディは目を細めて笑う。
「ジェイソンはミドルネーム?」
「そう。祖父が亡くなった時、自分で選んだ」
「なんだ、そっか。じゃあ本名だったんだ?」
「そうだよ? 僕はいつばれてしまうのか、気が気じゃなかった」
 A・J・デクスター。ほんとはいくらでもサインはあったんだ。
「アンディ、いつ、あたしのこと、友達以上に見るようになったの?」
「……さあ、元はと言えば、祖母からミカコの話をよく聞いていて。たぶん、祖母は僕らをくっつけたがってたんだ」
「そうなの?」
「ああ。今夜突然ポーカーに出掛けたのだって、怪しいものだよ。だけど、それとは関係なく、僕はほんと言うと、ミカコの事を友達として見た事なんて一度もなかった……ミカコが泣いた日。あの時もう僕の心は動いていたのかもしれない」
 アンディは少し照れたように笑いながら、そう言った。
「ミカコは知らないかもしれないけど、ミルレインボウの初ギグ、見に行ったんだよ」
「デモテープ、買ってくれたんだよね? だいぶ後になってから、ふたりに聞いたよ。教えてくれればよかったのに」
 今になって思えば、『インスピレーション受けたよ』はA・J・デクスターが言ったことになる。あたしは嬉しくてしょうがなくって、アンディの胸に鼻をすり寄せた。アンディはなにも言わずに髪を撫でてくれる。
「ステージに立っているミカコを見た時、すごく綺麗だって思った。なんとなく祖母から聞いて想像していたイメージよりも、もっと女性的で……上手く言い表せないけど。とにかく、思ってたよりもずっとセクシーだった……きっと、それとあの初めて家に行った時のぼろぼろさのギャップがよかったんだな」
 途中まで、褒められすぎて落ち着かない気分だったのに、最後で思わず笑ってしまった。
「あたしは、初めて会った時、いじわるで嫌な人だって思った」
「だろうね……だって、あの日とにかくものすごく腹が立ったんだ。イアンて奴に。それにミカコにも。だからわざと意地の悪い事言ったんだ。今思えば、他人のミカコにそこまで感情移入してた時点で、もう僕にとってミカコは、なにか違う存在だったんだ」
 そう言ってアンディは笑う。
「だけどね、いじわるだって思ったけど、言われたことは間違ってないんだって気付いて。だから、アンディが嫌な人じゃないって、すぐに分かったよ。それに、そうだっ。あれだよ。『長寿と繁栄を』のTシャツ着てたから」
 アンディは目を丸くして、それから笑った。
「バルカンに感謝だな」
「だよね」
 あたしも笑った。
「でね。一緒にいると楽しくて、いつの間にか、好きになってたの」
「そう、じゃあ、やっぱり僕の勝ちだね。僕の方がミカコのことを先に好きだったんだよ」
「……そっか、そうみたいだね……」
 あたしは枕に顔を伏せてにやにやした。
「ねえ。どうしていつもめがねかけてるの? 見えるんだよね? 掛けなくても。疲れない?」
 あたしはベッドのそばに転がっていたアンディのめがねを覗きながら聞いた。一応度は入っているけど、想像していたよりもずっと弱い。
「……そうだな。めがね掛けるとさ、こう、世界との間にシールドができる感じがして」
「なんかそれ分かるかも……サングラスかけると強気になる感じ?」
「うん、まあそんな感じかな……なんていうか、自分が傍観者の立場にいるような気になれるんだ」
 アンディは少し笑ってから答えた。
「じゃあ、それで世間から一歩引いてるってこと?」
「……うん」
 そう聞いて、急に寂しくなる。
「だけど、もう……少なくとも、ミカコと一緒にいる時は、必要ないよ」
 アンディはあたしの気持ちを察したように言った。
「……ほんとに? 無理してない?」
 あたしがそう言うと、アンディはにっこり笑った。
「僕が気休めとか言えるタイプじゃないって、知ってるだろ?」
「うん」
 それはあたしもよく知っていた。アンディはすごく正直な人だから、時々厳しくもなる。
「あ、でもね、普段は掛けててもいいよ」
「どうして?」
「だって、アンディがこんなにかっこいいってことは、あたしだけが知ってればいいの。みんながこんなに男前だって知ったら、あたしが困るもん」
 それを聞いてアンディは枕に顔を伏せた。
「アンディ?」
 5秒くらいして起き上がって来たアンディの顔を見て、初めて彼が照れてたんだ、ってことが分かった。
「そういうことは、言わなくていいよ」
「なんで? 照れるから?」
 今まで口では100%負けてたのに、初めて勝ったような気がして、あたしは嬉しくなった。
「ミカコには負けるよ」
 そう言ってアンディはあたしの顔をぎゅむっと胸に押し付けた。
 それから、なんだかまた気持ちが盛り上がって、またセックスをした。今度こそ、本当に好き死にしてしまうんじゃないかと思ったけど、まだ持ちこたえられた。
 そして、アンディは、眠りに付く少し前に、愛してるって言ってくれた。
 あたしは、アンディに経験が多いとか、男慣れしてるとか思われるのが嫌だって思っていた。だけど、それはアンディが見た目通 りの女慣れしていないキャラだって決めつけていたから。
 だけど、服を脱いだアンディは、そのアンディとは全くの別人だった。
 蟹みたいに割れた腹筋に、たくさんのタトゥ。どう見てもSFオタクのめがね君とは別 人だった。
 さらに、それはすぐに証明された。

 あたしは隣で寝息をたてているアンディの顔をみながら、昨日からのことを色々思い返しては、にやにやしてしまう。
 あたし、アンディに愛されてるんだ。そう思うと、また涙が込み上げてきた。
 すごいよ。本当に本物の両思いだ。
 涙がぽろぽろ落ちて、なかなか止まらない。
 その時、アンディの腕が動いて、あたしの背中に当てると、ぐいっと自分の方に引き寄せた。アンディの目は閉じたままで、どう見ても眠っていたけど、その手はあたしの頭を撫で続けていた。
 また涙が止まらなくなって、気を紛らわせて違うことを考えようとしてみたけど、胸も、頭も、アンディのことでいっぱいで、他の事なんて思い浮かべられなかった。  だけど、悪い涙じゃないから。
 気がすむまで泣いたっていいって思った。

 
 

#13#15

 
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