ロックンロールとエトセトラ  
 

10月 ブルーライト
Blue Light/ Bloc Party

 
   
  #16 『おいしい生活』 イチコ
 

 『おいしい生活』を見た。ウディ・アレンはロッシとあたしのお気に入りだった。だけど、あたしはちっとも映画に集中できなかった。お互いにいろんなことを話して、気心が知れていると思っていたロッシが、今では別 人に見える。
「あのさ、チー……さっきのフィルム」
 エンドロールが流れ出した時、ふいにロッシが口を開いた。きっと、ロッシもほとんど映画を見ていなかったんだろう。
「うん」
「なんで黙ってんだよ?」
「え? だって。聞いて欲しくないだろうって思ったから」
「ああ……」
 嫌な沈黙が流れた。
「じゃあ。聞いてもいい?」
 あたしはロッシを真直ぐに見つめて聞いた。
「おう」
 意外にも、ロッシは話を聞いて欲しいみたいだった。
「さっき思い出したんだけど。ロッシってカメラマンになるんだったよね? だけど、ロッシがカメラ持ってるとこなんて、あたし見た事ないから、忘れてた」
 ロッシは気まずそうに頷いた。
「……で? あれには何が写ってるの? 失敗作だとか、嘘言わないでよ? あんな大切に保管してるんだから。フィルムって常温だとだめになるんだよね? だから大切に冷蔵庫に入れて。なのに、なんで現像しないの?」
 あたしは、映画の間ずっと考えていたことを、一気に口にした。そう仕向けたのはロッシだ。もう黙っていられなくなった。
 ロッシはふうっと息を吐き出した。それから、ゆっくり話始めた。

「……俺、リアルなもんが撮りたかったんだ、ずっと。だからアートスクールの頃から、ホームレスの親父とか、スクラップ工場とか、そんなのばっか撮ってた。事故とか火事に遭遇した時は最高に興奮してシャッター切ったよ。けど卒業してから就職先もなくて、いくつもコンクールに出したけど、何にも引っ掛からなかった」
 ロッシはあたしから視線を外して言う。
「ロッシはジャーナリストになりたかったの?」
「そうだな……戦場カメラマンとか。そういうのになりたかったんだ。そしたら、本当にリアルなもんが撮れるって信じてた。俺が撮りたいのはリアルなんだって……一昨年先輩がアフガンに飛ぶって話を聞いてさ。頼み込んで、自分の面 倒見れるなら来てもいいって。それで旅費用意して、クルーに同行させてもらえたんだ」
「じゃあ夢かなったんだ?」
「ああ。だな」
 ロッシはレッドアイをぐいっと飲む。
「街はぐちゃぐちゃんなってた。そこらじゅうで銃声が鳴り響いて、煙が上がって……俺初めはは夢中でシャッター切った。こういうのが撮りたかったんだって思って」
 その頃のニュースで見た光景を思い出そうと思ったけど、あたしはその頃自分自身で手一杯で、ニュースなんてほどんど見ていなかった。
「けどよ。ニュースとは違うんだ。現場はもっと重い空気で、匂いもするし、俺が思ってたリアルなんて、結局テレビで見る世界のリアルだったんだ。でもさ、みんなそこで生活してんだよ。他に選択肢なんてねえし。俺はちょっと行って写 真撮って。また戻る訳だろ?そんなのリアルって言えねえよ。ちょっと切り取ってるだけでさ。じゃあそこで生活できるかって言ったら、やっぱ無理で」
 ロッシは深い溜息をもらした。
「派手なデモが起こって、そこらじゅうの車に火が付けられて。そん時先輩と中心部まで行ったんだ。だけど、俺は体中が震えて、ろくにシャッターさえ切れなかった。結局さ。リアルだとか戦場だとか言っててもよ、俺にそこまでの根性はなかったんだ。なんかもう恥ずかしくてよ。そこらじゅうで火が燃えて銃声が聞こえて、ホコリでろくに目も開けられなくてよ、それに叫び声や泣き声が聞こえて。俺ら民家に泊めてもらってたんだけど、そこの子供たちもずっと怖がって泣いてて。俺もすげえ恐かった。もう一生分の血を見たと思った。だけど先輩はさ、そんな状況でいきいきしてんだよ。ああ、俺はこの人とは違うんだって思ったよ」  そこで初めてロッシはあたしと目を合わせた。
「今は……もう何を撮ればいいのかわからねえんだ。ずっと追い求めてたのによ……結局、自分がただの理想主義者だって分かっただけだった」
 ロッシは無理矢理口の端を上げた。
「あのフィルムは、現像するのが恐くて出来なかったんだ。自分の情けなさを再確認するのも、あの街を思い出すのも……けど捨てられなかったんだ」
 あたしは今まで、ロッシのことを、夢を追う熱いタイプだなんて思ってみたこともなかった。
 それどころか、ロッシは必死で夢を追って、一度は夢を掴んでさえいた。だけどそれが挫かれてしまった。
 あたしは、なんて言えばいいのか分からなかった。何か言いたいのに、言葉が見つからない。あたしは今まで、ロッシのことを思いっきり見くびっていた。
 別に馬鹿にしていた訳じゃないけど。
 もしかしたらそうだったのかもしれない。
 あたしは一体ロッシのなにを知ったつもりになっていたんだろう?
「じゃあ、リハビリ中?」
「ああ……そうだな」
 ロッシは小さく笑った。
「ね。あのフィルム。現像しない? しようよ。もったいないよ。写真が撮りたくなくなった訳じゃないんだよね?」
「ああ」
「あたしに、この話をしたのは、何か、きっかけが欲しかったからじゃないの?」
「そう、かもしれない」
「見せてよ。あたしロッシの写真が見たい」

 
 

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