次に目が覚めた時には、頭が少しすっきりしていた。窓の外で小鳥がさえずっているのが聞こえる。カーテンが透けて光りが差し込んでいて、部屋全体が見渡せた。
ふと腰に乗っている重くて温かい物はなんだろうと思った。
触れてみてすぐに分かった。腕だ。たぶんアンディの。
じゃあ背中に感じる温もりは、アンディの胸?
一気に心臓がどきどき鳴りだして落ち着かなくなる。今のあたしは昨日のあたしとは違うから、もう冷静でなんていられない。
そう思った瞬間、昨日口から出て行った数々の爆弾発言がぶわっと湧いて来た。
また心臓がどくんっと大きく鳴って、叫びそうになった。 だけど、もう一度昨日の会話を思い出してみて、ひとつの事に気付いた。
あれ? アンディはあたしに前からキスしたかった、って言ってくれたんだっけ……じゃあ、あたしはアンディと両想いだったってこと? そうなの?
でも、そうはっきり聞いた訳じゃないし、まだ彼女になった訳でもない。
それに、昨日アンディには大切な話があったのに、あたしは話の途中で寝てしまった。
一瞬うきうきした気持ちが、ずんと重くなる。
最低だ。きっとあの日アンディを苦しめていた重大な事を話をしてくれようとしていたのに。途中で寝るなんて。
しばらく悶々とした後、やっぱりアンディの顔が見たくなって、ゆっくり寝返りをうってみた。
アンディは目を閉じて静かに息を立てていた。外しためがねが投げ出した腕の近くにある。目を閉じていても、アンディがすごく綺麗な顔立ちをしているのがよく分かる。
どっどっどっ、とますます心臓の音が激しくなって行く。
あたしはたまらなくなって、ゆっくり腕を外すとそっとベッドから抜け出した。
何日もお風呂に入っていなかったから、頭が痒いし、こんな不潔な状態でアンディの近くにいたなんて、すごく恥ずかしい。
あたしはすっかり軽くなった体でシャワーを浴びた。急いで出て、アンディが起きたらちゃんと話を聞こう。
そう思ったのに、戻るとベッドにアンディはいなかった。
「アンディは?」
リビングではももちゃんとチコがコーヒーを飲みながらテレビを見ていた。
「あっミミコ復活?」
ふたりは笑顔であたしを迎えてくれる。
「うん。もう大丈夫。ほんとありがとう」
「心配したんだからね。まあよかったよ、元気になって」
チコは笑う。
「ね、アンディは? 来てたよね?」
「あ、うん。なんか仕事あるって、さっき帰ったよ」
ももちゃんが笑顔のまま答えた。
「あたし、まだ聞きたいことあったのに。また来てくれるかな」
あたしが話す間、ふたりが穴の開くほどあたしを見ていることに気付いた。
「もう熱ないよ? 喉も痛くないし。ほんとにすっきり治ったみたい。ありがとう」
「そか、それはよかった。ね、モモ」
「うんうん」
なんだかふたりの様子が気になったけど、その時チコの肩越しにテレビが見えて、あたしは思わず声を挙げた。
「デクスター氏なんかすごい賞もらったのッ?」
画面右上に出ているテロップは 『英国ロイヤル文学賞最年少受賞 アンドリュー・ジェラルド・デクスター氏』だった。
あたしはふたりの間に割り込んでソファにどすんと座った。
キャスターはデクスター氏が新作『アブダクション22.9』ですごく名誉な賞を受賞したことを話していた。それに女性ファンが急増したとも。
「デクスター氏、テレビ出たのッ? 見た?」
あたしはふたりの顔を交互に見てそう聞いた」
「うん。見た」
ふたりは頷く。
「うそっいいなー、見たかった、最年少って若いの?」
「若いよ。おじいちゃんじゃないしかっこよかったよ」
チコがそう答えた。
「ミミコが見たいと思ってビデオとろうとしたんだけど、間に合わなかったの」
「そっかあ、でも、また映るよねきっと」
「うん……どのチャンネルでもこの話題やってるしね」
「だよね」
あたしは昨日の夜のこと、もしかしたらアンディと両思いなのかもしれないっていうことを、ふたりに話そうかと思ったけど、今はやめておくことにした。
なにも言わずにアンディが帰ってしまったりするから、だんだん自信がなくなってきた。
もしかしたら、あれは熱のせいで見たものすごく幸せな夢だったのかもしれない。
それにさっきの腕は、単にアンディの寝相が悪かっただけのこと。
…… と思えなくもない。
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