ロックンロールとエトセトラ  
 

11月 オールオーバーミー
All Over Me/ Graham Coxon

 
   
 #6 しあわせの音 イチコ
 

 ドアを開けると、中から大きな音が溢れ出てきて驚いた。
 ピアノ、ギター、ベース、ホーン、パーカッション、コーラス、きらめく色とりどりの音が塊になって押し寄せて来る。
 あたしはあの後少しだけ洗い物をして、そっとロッシの部屋を後にした。
 そしてゆっくりゆっくりと時間をかけて、遠回りしながら家までのろのろと歩いて帰ってきた。ロッシの最後の言葉を反芻しながら。
 さっきロッシが言ったのは、毎日あたしの顔が見れて嬉しかったっていうことなんだろうか?
 もしそうだとしたら、ロッシは毎日あたしと会いたいんだろうか。なんで?
 あたしはずっと歩きながら考えていた。そうするうち、自然と違う事を考え始めていた。ずっと考えまいとしてきた事だ。
 あたしは、どうなんだろう?
 毎日忙しくて、なのにロッシの家に行くのを嫌どころか、面倒臭いとすら、思ったことがなかった。今まで嫌いだった料理だって、全然嫌じゃなかった。それに、ロッシがそれを食べているのを見ていると、なんだか満たされているように思える時まであった。
 この1ヶ月半で、あたしの中でなにかが大きく変わっていた。
 そうじゃない。徐々に変わって行ったんじゃない。
 ロッシに夢を聞こうとして『その話はしたくないんだ』って言われたあの瞬間、なにかがはじけた。
 もう、そう認めるべきなのかもしれない。

「あ、おかえりチコ」
「ハイ、チー」
 リビングのソファからモモとジェイミーが声を張り上げた。部屋ではザ・ポリフォニックスプリーのCDが大音量 でかかっていた。
「どうしたの?」
 あたしは声を張り上げた。そうしないとふたりに声が届かないくらい、大きな音で部屋は埋め尽くされている。
「なんか、ジェイミーが突然好きになったの。テレビで見たんだって。あたしたちは前から好きだよねー」
 モモは笑う。ジェイミーはソファーに座ってバウンドしながら、両腕を振り上げて歌っていた。ポリフォニックスプリーは、メンバー総勢24人のすごくかっこいいアメリカのバンドだ。お揃いのローブで、まるで秘密の宗教みたいに観客を酔わせる。
「チーも一緒にっ」
 ジェイミーがバウンドしながら言う。
「うん」
 あたしはコートとマフラーを脱いでモモの隣に座った。
「ロッシのとこ行ってたの?」
「うん」
 ジェイミーが飛び跳ねる振動で、モモもあたしも揺れている。
 あたしはモモの話を聞いているようで、ポリフォニックスプリーの曲を聞いているようで、本当はロッシのことばかり考えていた。

 良くなくちゃいけない 強くなくちゃいけない
 一度に2000の場所にいなくちゃいけない

  『2000プレイシズ』を聞きながら、歌詞の意味を考えてみたけど、やっぱり何のことを歌っているのか分からなかった。
 だけど、なんだか前のあたしみたいだと思った。あたしは、自分を型にはめて、こうしなくちゃいけない、こうじゃないとあたしらしくない、そう言い聞かせていたように思う。
 自分で自分に制限を設けることは、ストイックで我慢のいることなのかもしれない。
 だけどその反面、自分の決めた枠を外れないように、そこからはみ出さないように、そうやって自分らしくないことには手を付けず、自分を納得させて諦めて、うまくやっていくことは、とても簡単だったようにも思える。そうやって周りと自分のバランスを保ってきた。
 だけど、もう少し、冒険してみたらどうなるんだろう。
 何にも捕われずに、気持ちを解放してみたらどうなるんだろう。
「どうしたの? なんかあった?」
 そんなことをぼーと考えていたら、モモに腕を突かれた。
「え? ううん……ブふッ」
 モモの方を向いて笑顔を返したら、その奥に、まさに恍惚の表情で熱唱しているジェイミーが目に見えて思わず吹き出してしまった。
 ポリフォニックスプリーの音は幸せと喜びに満ちていて、難しく考えるのなんて無駄 だと思えてくる。自然な心の動きに委ねるしかない。
 気付くとモモもジェイミーと一緒にソファに座ったままバウンドしていた。
 2人ともゆるゆるに弛んだ顔で笑っていた。そのふたりを見ていると、自分まで気持ちがほっこりとしてくる。
 なんだか、ふたりがすごく羨ましかった。

 
 

#5#7

 
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